
『オーステルリッツの喧嘩』
ナポレオン一世のオーステルリッツの戦勝を記念して建てた『オーステルリッツ記念柱』。それを皮肉ったのかもしれない『オーステルリッツの喧嘩』という作品(ミニチュアの窓:木とガラスに油彩)の提示。
窓にはガラス屋がつけたペンキの印がそのままになっているという、ここは重要なポイントである。
要するに領地争いである、地球を空から見れば国境など見えない。その国境拡大のための戦争をデュシャンは『喧嘩』と秘かに嘲笑したのである。透明、見えないはずの、国境への確執、領地争奪戦。
透明であるはずの世界に汚れをつける子供のような喧嘩だといい、戦勝の歓喜のシンボルなどではなく、この大戦に出た死傷者への秘かな弔いの形(墓標)である。
窓の解放感、自由を汚したもの、それが『オーステルリッツの喧嘩』だと言っている。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク(www.taschen.com)より