
車輪…始まりと終焉の境界がない、始まりと終わりが一体になり、その接続が不明なほどに連鎖している。
一回りを人生に置き換えても、それはすぐに消し去られる(忘れられてしまう)。確かに在った人生も新しい現象に霧消し見えない。
車輪であることの孤立、世界の中の一点であり、この一点が世界でもある。
白い台座の上の黒い車輪、彩色の欠如は豊かな主張を否定し、まるで葬式、墓標のような情感が漂う。しかし、それすらも打ち消した静謐・・・むしろ存在していることで存在を否定している哀愁、見えているが見えない風のような感触、空気感がある。
ありありと視野に入る硬質の車輪、泡のような現象ではなく人間の時間を基準にすれば長い時間を有する物体である。しかし、その時間には社会性がなく非生産的であり、発揮されるべき力をもたない。
沈滞・・・部品を総合的に接合しさえすれば、この物は有効に働き出す優れものである。にもかかわらず、この車輪は隔絶、隔離されている。
この車輪の持つ不完全性、不完全性ゆえの慟哭・・・デュシャンは、これを凝視し、自身のなかでこの車輪を回し続けている。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク(www.taschenより)