
自転車の車輪、即ち《輪・環》である。
この物への信奉はあるだろうか。
環/輪の永遠の完結、回帰。
巡回、元に戻ることの約束。
環/輪の持つ魔力。
回転させれば力が生じるが、車輪だけという状況では力の伝達もなく無為に帰すだけである。徒労…無駄なエネルギー。
重力下における物(車輪)の静止、時間の経過に関係をもたないことの空漠。
部屋(空間)にそれは位置し確かに存在しているが、働きは0である。
存在しているが、それだけである。
この対象物を凝視するデュシャン、(この物は自分に酷似している)の見解。
時間の経過によりこの物は酸化され朽ちていくだろう。明快な終焉は当然自分にも当てはまる。作品の非生産性は自身に通じはしないか。
《物と時間》の関係、無為霧消の連続を凝視することの意味あるいは無意味。
『自転車の車輪』は存在への問いである。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク(www.taschenより)