
花嫁は女性(個体)に被せられる呼称であるが、一人では成立せず、必ず男女というカップルの存在があってからの名称である。男という伴侶なくして花嫁の呼称は無い。
花嫁は対象者に名付けられてはいるが、対象者のみではそう呼ばれない。
花嫁という呼称に永続性はなく、やがて消失するが、そのことに不信を抱くものはいない。自然だからである。花嫁という呼称の持つ時間は、厳密に測定できず曖昧かつ短期的であり幻のような時空に花開く美称である。
タイトルされた作品を見ると、機械を思わせる仕掛けが描かれているが、脈絡やプロセスの断絶した、それでいて複雑な細かい仕組みを感じさせる。
「何か」と問えば答えは出ず、暗躍めいて怪奇な分散であり、上下左右いろいろ動かしてみても、多分印象は変わらない。重力おける存在感が皆無だからである。
つまりこの作品には固定がない、固定を予想させない。
花嫁という言は観念的に使用されることが多い。花嫁以外の呼称が入りこめないくらいきっぱりと強い響きを有している。にもかかわらず軽く宙に浮き、輝きさえ帯び羨望の焦点にすらなりうる。少なくとも翳りやマイナス要因を払拭した美の領域にある言葉である。
ただ持続を保証しないという点で作品は的を得ているかもしれない。立派に機能しているかの構造の一端、しかし凝視すると時を待たずして崩壊を余儀なくされる構造である。花嫁という言葉は一時的な他と関連をもたない美称(冠)にすぎない。
名付けられた名称にも〈時間と華やぎ(空間)の明滅〉があることの例かもしれない。
写真は(www.tauschen.com)より