『ローズ・セラヴィよ、何故くしゃみをしない?』、ローズ・セラヴィは自身のなかの名であり、誰か第三者に向かって言っているのではない。自身のなかに潜む他者を挑発しているのである。くしゃみ…自然発生的な生理現象、すなわち原初に立ち戻れという意味ではないか。
 原初、無からの目覚めともいうべき初期の感覚である。

 イカの甲は自然の経由であり、いわばイカの死である。
 白い立方体の大理石は人工の経由であり、大理石の位相である。
 温度計はエネルギー(熱)変動の経由であり、現象の計測である。
 鳥かごは捉えられた鳥(生物)の領域であり、小宇宙(世界)である。

 これらに意味を伴う関係はなく、総て任意の集合にすぎない。問うべき意図の連鎖は皆無に他ならない。
 にもかかわらず、ここに差し出されたサイン入りの『ローズ・セラヴィよ、何故くしゃみをしない?』は見る者を動揺させずにはおかない主張の強さがある。

 この作品は静止状態を求めておらず、簡単に崩れ元の形を失うことは必至である。
 混濁、混沌、流動・・・しかし外部からの侵入はなく内部はあるがままの継続に委ねられるだけである。
 それは、信じている世界を過信してはならないという警告のようでもあり、考えることにより扉は開かれているという未来への展望をも秘めている。

 どうしようもない始末に負えない代物にしか見えない作品の奥義、デュシャンの問題提起、禅問答のような作品である。


写真は(www.taschen.com)より