『現実の感覚』

 このシリーズ(空中浮遊の石)の画面の大きさはほぼ身の丈くらいであり、石は目の高さに向き合っている。この対峙は〈わたくし=石〉を暗示している。
 二重の時空が被さっているが地上は遥か下方にあり、この対峙から見ると眺め下している構図である。また、水平線の視野から見れば石は見上げる位置にあり、うっとおしく奇異な存在に映るに違いないが、あくまで個人(マグリット自身)の心象であるから実際の軋みは論外である。

 つまり、心象風景である。
 にもかかわらず、『現実の感覚』と題している。地上をはるかに超越した高みに浮かぶ巨岩石(石の風袋をした風船ではない)。
 悠々たる浮上には命がけで燃焼せざるを得ないエネルギーが必須である。

 しかし、見よ! 頭上には二十六夜の月が南中している。真昼間には決して見えない細い月である。(反対の三日月も夕刻近くにならなければ見えないのと同じ論理である)
 見えないものを見せてる。
 見えない光景を描いている。鋭敏な観察力による告知の風景、わたくしの告白である『現実の感覚』は、わたくし自身の世界を写している。


(写真は国立新美術館『マグリット』展/図録より)