教室 | 浜田伊織

教室



先日、駒場東大前の都立国際高等学校へ行き

フォーク講座を聞いてきました。

ゲスト講師は N先生!

1969~71年に開催されたフォークジャンボリーの話や当時のレコード会社の話し、フォークシンガー達の裏話やフィンガーピッキングの実演など濃い内容だった。

私は「フォーク」が終わり、ニューミュージック、J-popの時代に歌い始めるのだがルーツを辿っていくと本物のフォークに出会うのだ。

売れるために作る歌、音楽ではなく、それぞれの個性に満ち溢れた「言葉」「表現」が生々しく伝わってくる、揺るぎ無い「己」を感じるものだった。

※ここで言うフォークとは作家先生が書いた「神○川」とかではないですからね。


そしてもう20数年前になるが地元のCDショップに「フォーク」を探しに行くと(その当時、3件あったCDショップも今はゼロ)ニューミュージック全盛期でフォークは演歌と一緒に端の小さなコーナーに…
そして数多のフォークシンガー達を知って行くのであるが
まだインターネットも無い時代ですから情報は本や雑誌で入手していく。
それがまた楽しかったな!


その数年後、当時バイトしてた寿司屋の仲間、ジョニー(日本人)(あだ名)(お互いをジョニーと呼び合っていた)(音楽仲間)が「ぴあ」という雑誌を持っていて、その中にライブ情報が載っていた、そして「友部正人さん」「早川義夫さん」のジョイントライブの日程が書かれていた、「よしっ、行こう」と二人で行った。
若かりし頃の私には衝撃的なライブだった。

そしてその日初めて聞いた早川義夫さんの歌には痺れた。「サルビアの花」という歌を作曲した人である。

その頃には少しずつインターネットが広がり初めパソコンを手にしていた、そして早川義夫さんのホームページを見付けた。
私はそこから早川さん宛にメールを送り、その興奮した気持ちを伝えた。

するとお返事が来たのだ。

「貴方と私は丁度30歳の差があるんですね、そんな若い人に聞いて貰えて嬉しいです。お互い良い歌を歌いましょうね!」

というメールだった!
またまた痺れたよね。


その後、フォークシンガーの大先輩達と同じステージに立たせて頂き、多くの刺激をもらいました。

私にとってのフォークとは「民衆の声」であり、「日常の風景」である。

これからもフォークシンガーを名乗り続けたいと思っている。