島のグリーンベルト | 大東島の浜ちゃん
2012-12-22 18:57:08

島のグリーンベルト

テーマ:浜ちゃんの日記

私の意見:治山研究会発行、月刊誌「治山」2012年7・8月号に投稿した「島のグリーンベルト」を掲載します。


本村の歴史を顧みますと、大東島は、古くから「うふあがりじま」として琉球人の間でその存在が知られていた。沖縄には、いにしえの時代から「東の海の彼方には、幸せをもたらす神がいる」と信じてきた。それが「ニライカナイ信仰」である。また、別名ボロジノアイランドと呼ばれ親しまれていますが、ボロジノ諸島という名称については、文政3年(1820年)ロシアの海軍佐官ポナフィディンが南北大東島を発見、その位置を北緯25度56分東経131度15分とし、彼が指揮した艦船ボロジノに因んで命名したとされ、昔は無人島でありました。明治33年東京都八丈島出身の玉置半右衛門氏等によって開拓され、無人島から有人島になって一世紀余という歴史の浅い島でありますが、本村の造林事業については、無人島時代はうっそうとした大森林に覆われていましたが、開拓以来、樹木はたちまち伐採され、いたる所赤土が露呈し荒涼とした島と化してしまいました。大正9年に大東島製糖所長として着任した江崎龍雄氏が、この有様に深く憂慮し大正9年から植林10カ年計画を立案して樹木の苗を育て、昭和4年までに50万本もの植樹を完了しております。今日、島の二重、三重と囲む美しいグリーンベルトの景観が眺望できるのも江崎氏の功績が大であります。こうした先達の植林にかける情熱を継承し、昭和61年に村制施行40周年植樹祭、平成12年に開拓100周年を記念して沖縄県植樹祭、平成18年には村制施行60周年植樹祭、平成20年には「おきなわの名木」として塩屋の松並木と大東神社のビロウ群落が認定されており、現在も毎年本村の「さとうきびの日」に合わせ植林を行っております。私なりに、沖縄の琉歌サンパチロク「8・8・8・6」で保安林の多面的機能と重要性、植栽の継承を詠っています。「樹木ゆ植い習てぃ 潮風ん防ぎ 島ぬ基でむぬ 世々ぬ務め=キギユイイナラティ ウスカジンシヌギ シマヌムトゥデムヌ ユユヌチトゥミ」翻訳:樹木を植え、風水害から財産を守ることは、島の基礎であり、子々孫々へ継承する大事な務めであります。たしかに、島を二重三重に取り囲むグリーンベルトは立派である。しかし、近年、その立派な保安林も、後継木の成長が遅いのが気になり始めたが、原因は、我々人間が豊かさだけを追求し、ひたすら歩んできたからにほかならないのが残念だ。昔の生活様式を思い出してみよう。子供の頃、保安林帯に行き、樹木の間伐、枯れ枝や枯葉を取り、五右衛門風呂を沸かし湯につかり、底板を踏み外しては、アチチ、アチチと騒いだ懐かしさ、それが、おのずと後継木が育つ環境をつくり、自然界の循環を維持、保全してきたことを改めて知らされる。エコの時代がやって来た。「3R]、ごみを減らすことReduce(リデュース)、くり返し使うことReuse(リユース)、資源として再利用することRecycle(リサイクル)の一環、循環型社会づくりが保安林の再生にも繋がる。CO削減のために、木を植えるというのは、緑=自然を増やすようなイメージがあるので分かりやすいため、多くの人の支持を得やすいのだが、COを吸収して、酸素を出す光合成によって栄養分を作って木々は成長していくが、ある程度成長した木は、あまりCOを使わなくなるそうで、除間伐など定期的に木を伐採し、また、新しい苗木を植えることでさらにCOの吸収力を上げることが期待できる。これからの保安林等森林の管理においては、治山事業や造林事業により、下草刈り、施肥などの育苗管理後、適期に除伐、間伐を実施するなどして、後継木を育てる環境の維持保全を図り、立派なグリーンベルトの整備を行いたいと考えている。我々も、今の時代にふさわしい新しいフロンティアスピリッツで、コツコツと保安林の保全活動を継続していきたい。親から子へ、子から孫へと永遠にバトンは渡されていき、いつまでも生まれ育ったこの島の、あの素晴らしいグリーンベルト景観を守るために!


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