スティーブ・ジョブズさんが、天国で待っている | 副業スタート!副業のやり方を一部上場企業社員が教えます。

スティーブ・ジョブズさんが、天国で待っている

俺がSEになろうと思ったとき。


それは、昭和54年ごろ、1979年の頃だった。。


工業高校に通っていた俺は、3年生になり選択授業でコンピュータを選択した。

その時、俺に与えられた(もちろん、俺専用ではないが)コンピュータは、
日立HITAC10だった。


HITAC10は、IPLを2バイトのボタンを使って(つまり、4×4のボタンが並んでいる)
行っていた。


判るかな?


つまり、コンピュータを起動する時、16個のボタンを決まり通りに押していき、
ブートプログラムを入力する。


ブートプログラムを入力したら、IPLボタンを押すと、IPL用のプログラムが読み
込まれる。

IPL用のプログラムは当時、紙テープだった。


それが、1979年のことだ。日本では。


その2年前。スティーブ・ジョブズは、アップルⅡを発売していた。

判るだろうか?


日本では、コンピュータを紙テープで動かしていた時代。


その時、スティーブ・ジョブズは、2台のフロッピーディスクドライブを載せた
パーソナルコンピューターを売り出していたのだ。


その後、俺は高卒で働き始めた。


高校生からコンピュータに触れていた俺は、


「必ずコンピューターの世界になる。
 コンピューターはソフトを開発すれば、なんでもできる。
 俺は、世の中の役に立つ、ソフトウェアを開発する!」


と、青雲の志に燃えていた。


しかし、最初に配属されたのは、配達係だった。

そこで、2年目。社内選抜試験に100点満点中98点で

合格し、コンピュータ技術者の養成所に入った。


しかし、そんな俺なんて全く無関係(当たり前)。

スティーブ・ジョブズは、そんな事は何にも考えて
いたのではないかと思う。


彼はただ単に、


「世の中に、パラダイムシフトを起こす。そのためなら何だってする。

 道具は、コンピュータだ」


そう思っていたように思う。(今になってみれば)


そう、スティーブ・ジョブズにしたら、何だってよかったのだ。

たまたま、パーソナルコンピューターというアイデアが目の前に
あったにすぎない。


世の中に、パラダイムシフトを起こさせる。

そしてそれが、世の中に幸せをもたらす。


なによりも、


自分自身が欲しいと思うモノ。


それが作りたかったのだと思う。



俺には、三人の尊敬するコンピュータ技術者がいる。


富士通の池田 敏雄博士。


WindowsNTを作ったマイクロソフトにいた、ディビット・かトラー。


そして、スティーブ・ジョブズ。




スティーブ・ジョブズさん。

今まで、ありがとう。


俺は、当時100万円した、あなたのマッキントッシュに憧れて
いました。

そして、Performa630が、26万円程度で販売された時には、
ぶっ飛びました。


でも、その時、確かあなたはMACにいませんでしたよね。(笑)


だけど、MACから追われたあなたは、NEXTという先進的なOSを
作る会社を設立しましたね。


あなたは、技術者というよりもアーチストでした。


世界の精神的な技術を使い、人々を楽しませる、人々の幸せな
人生を創る。


そんな、アーチストでした。


ゆっくりお休み下さい。


そして、あと何年後か判りませんが、俺がそっちへいった時、
池田 敏雄博士と3人で、じっくりと話しをさせて下さい。


その時はきっと、ディビット・かトラーさんもいると思うので、
4人かも知れません。



間違いなく、世界中のコンピュータ技術者が、あなたに憧れて
いたでしょう。


あなたと同じ時代に、コンピュータに携われた事。

それが、最高に嬉しいです。


おやすみなさい。