姉はこのとき小学2年か3年かだったが、とても聡明な子どもだった。私が言っている意味を理解することは普通の大人にもできただろう。本当のことを言っていると受け入れることもできたかもしれない。しかし、その上でそれを許容できたのは、やはり子どもだったからで、普通の大人では、難しかっただろう。

次の日、私と姉は、町を歩き回ってみた。姉は、それなりに感覚の鋭い人で、なんと言うのかはわからないが、実体のない人の気配を感じることはでき、ただ私のように何かを見ることはできなかった。それでも、まったくなんの理解もしてくれない人とともにいるよりも、ずっといろいろなことを話し合えた。

その町には、日本でも有数の伝統ある修道院があったのでそこへ行った。するとそこは、私にとっては大きな前庭があり、周りはうっそうとした森で、でも目の前に高校のグラウンドがあって、家の前と同じように桜が満開に咲いているように見えたのだ。もちろん前半が過去、後半が現在だった。私は、自分の顔に落ちる深い森の陰と、光の中を落ち着きなく震えながら降っていく花びらとを同時に感じることができた。その矛盾を疑問にもおもわずに受け入れていた。そして姉は、その修道院の前庭だったはずの高校のグラウンド入り口でたくさんの人が修道院のほうへ向かっていくことを感じることができた。

私は姉と同じ場面を共有できたのがうれしくて、次には修道院の目の前のショッピングエリアに連れて行った。今はスーパーや家電量販店が並んでいるそこは、同時にかつて古い陶器工場だった。たくさんの単調で堅実な皿や鉢や茶碗や湯のみが木箱に入れられて山と積まれていた。工場は何棟もあり、たくさんのおじさんやおばさんやお姉さんたちが黙々と梱包や絵付けの作業をしていた。私は今は駐車場になっている中を、現実の車と、幻の工場の棟と棟の間を次々に走り抜けていった。

「それは触れるの?」

そういえば桜の花びらには触れなかった。私は考えたこともなかったので工場の壁にぶつかるようにしてみた。

私は、その壁を、すっと通り抜けた。姉は、首を左右にかしげた。

私たちは家に帰り、宿舎の敷地から出てはいけないという言いつけを破ったということで母からこっぴどくしかられた。