東京都/埼玉県道53号の不通区間解消(S50年代) | 道徒然話

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橋やトンネル等を訪問したり、原付や鉄道でうろちょろしたりした記録。また公報・官報の情報も上げていきたい。

 東京都/埼玉県道53号は東京都青梅市から埼玉県秩父市までの路線である。都県境の小沢峠は小沢トンネルで抜けているが、それが出来たのは昭和50年あたりで、それまでは不通区間であった。多摩地方から秩父へ向かうのに有用な路線だが、割と遅くまで通れなかったわけだ。
 で、そのトンネル開通前の都県道ルートや、トンネル開通後の旧道廃止の時期等気になる事柄が出てきたので調べた。場所はココ
 
まず、埼玉県飯能土木の3代の管内図(当該区域)。
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 昭和47年はまだ小沢トンネルが出来てない頃なのだが、描き方がよう分からんな。破線ルートが昔のルートで、トンネルが出来る前にトンネル手前までは部分供用してて(一般に通れたかは分からんが)、2重経路となってたのか?あと、昭和53年と63年の線形がちょっと違うが、それは描き方の問題だろうな。
 
小沢トンネル区間の供用開始の埼玉県報を探すと、S50/4/1にそれと思われるものあった。
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 「旧」の幅員が1.0m~なので不通区間であり、その旧道が県道区域でなくなったということである。コレを見ると、先ほど書いた2重経路ではなかったのか?
 
そして供用開始の告示
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埼玉県報では、小沢トンネルの供用開始がS50/4/1とあったわけだが・・・。
 
次に東京都公報を見てみる。
 
 東京都公報でも当然S50/4/1に告示が出てるかと思ったが何故か無し。その後ずーっと出てこんかったが、2年後の年末に出て来た。
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 この時、都道青梅秩父線と下名栗青梅線が並行して存在してたようだ。ってことは埼玉県側も?いやでも県報には下名栗青梅線なんて出てなかったしなぁ。
 東京都側は、旧道が下名栗青梅線で、開通する小沢トンネルが青梅秩父線となっていたようだ。
 
そして供用開始の告示。
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 なんで埼玉県と2年半ほど差が有るのか分からん。ひょっとして、青梅秩父線として供用開始したのがS52で、前に下名栗青梅線で供用開始してたとかか?あるいは上で埼玉県報の方はトンネル前までの開通で、S52にトンネルが開通したとかかなぁ。
 
 とにかくトンネルの供用開始はS50年代だったが、旧道廃止は埼玉県側は即日だった。では東京都側はいつか?東京都は旧道となってもずーっと都道のままなんで、探すのは大変。
 
ようやく出て来た旧道廃止の告示。H13/3/30のことである。
 
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さすがにもう下名栗青梅線ではなくなってるが、廃止されるまでだいぶ掛かったなぁ。
 
かつての不通区間の旧道の絵をを拡大で。
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県境に近い区間。今も通れたりするんかな?
 
 
そして現道と交差する区間。yahoo地図と比べてみる。
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 大聖院から現道をくぐっていく道が旧道だが、現道からの道に合流する辺りで山の方に入る感じか?それよりも、県道202号に合流してから(赤線で引いたところ)だが、公報では青梅秩父線とある。そこがまた謎。
 
 
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 東京都側のA区間については202号になったという告示を見てない(見逃しか?)。もしかしたら、いまだに都道53号となっているのかも知れん。埼玉県側もすっきりしないところがあるし、また確認しに行かんならんわ。
 
もし何か判明したら追加していく。
 
以上