埼玉県道72号 日野鷺橋供用に伴う経路の変更(H4) | 道徒然話

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橋やトンネル等を訪問したり、原付や鉄道でうろちょろしたりした記録。また公報・官報の情報も上げていきたい。

埼玉県道72号(秩父荒川線)は、秩父市から荒川の西岸を進み、旧荒川村までの路線である。
 
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 終点手前で、荒川を日野鷺橋で渡ってるが、その日野鷺橋はH4に竣功した。って事はその前はどこ通ってたのか・・・気になるわなぁ。
 
では当該地区の管内図を古い順から並べて比較してみよう。
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 S54はまだ一般県道274号であり、ルートは荒川の北側を通っていた。で、不通区間であった。こういう不通区間解消ってのが一番調べるのが面白い。不通県道好きやからなぁ。
 で、年代は分からんが、S60年代の管内図では、一般県道274号から主要地方道72号に昇格している。そして「水沢橋」が供用してて、不通区間が縮んでる。主72号は県道185号(現主43号)のルートを一部使っている。で、不通区間をPASSする道の計画線が随分違うなぁ。
 S61の管内図では予定線が今の日野鷺橋のルートになっている。不通区間は描かれてないが、それは描かれてないだけだろう。
そして今、主要地方道に昇格した県道185号と主要地方道72号は、日野鷺橋供用に伴って繋がらなくなった。
 
 
では埼玉県報を見て、時期を特定してみよう。
 
 主72号の前身、県274号の認定時期は分からんが、まぁ古いだろう。で、昭和57年11月19日の県報にて、一般県道から主要地方道への昇格の告示が出た。
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小野原秩父線から秩父荒川線と、起終点が逆になった。
 
昭和62年4月3日の県報にて、区域変更の告示が出た。
 
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 新(B)ってのが日野鷺橋の区域となる。まだ供用開始してないので、引き続き現道(A)は「新」でも区域となっている。それにしても不通区間の幅員が2.6mって、結構幅はあると思うんだが、その道は道のカタチしとんのかなぁ。
 
平成4年2月21日の県報で、日野鷺橋の供用開始の告示が出た。
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 通れるようになるのはH4/02/21の午後3時であった。埼玉県報はこういうところが書いてあるのがイイ。この時点ではまだ旧道も県道のままであったのか・・・?
 
 
同日、区域変更の告示も出た。
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 旧道となった不通区間を含む約1.5キロは、日野鷺橋供用の当日72号でなくなった。備考欄にあるように、旧道は荒川村道(現秩父市道)にあったとある。県道185号(現主43号)と72号の重用だった区間も、県道185号の単独区間となった。
 
以上