年末が近づき、今年最後の仕事の打ち合わせを何とか済ませ、次の日は仕事場の大掃除、

昨日は家のカーテンを洗濯し、
今日は少し時間を空けてもう一回だけだよ
と言い訳しながら天外者を見てきました。

あわただしく過ごしていても、
ふと上を見上げて、ひらけた空が美しいと、
春馬さんは今何をしているのだろうと
ほーと考えていたりします。

最近は自分のブログの重さを
反省してばかりで、
すみません。
取り留めの無い話になります。


日本製の感想文を書いてきて、私は自分の感情を思うがままに書きすぎていたり、一方では自分の言葉で思いを、本音も含め書けているのだろうかと、この数日、自問ばかり続け自答は出来ず、ブログも書けずにいました。


五代友厚は日本の近代化に大きな貢献をした人物にもかかわらず、全国的な知名度は低く
誤解を受けているので、映画化すること事態
非常に難しかったと思います。

天外者を見た後、本当に恥ずかしい限りなのですが、私は監督に勝手な期待をして、想像したあらすじと違うと不満を溜めたり、
思っていた以上に細身だった春馬さんに
勝手に悲しさを上乗せしたりしていました。




大阪の近代産業の元を作った五代友厚が
具体的にどのように、人々を率いて協議し
造幣局を設立したのか、北海道開拓史官払下げ事件でどのように立ち回ったのか、近年の歴史なのに見たことの無い世界を、
監督はどのように描くのか、じっくり時間を掛けたシーンで見たかったのもあります。



商工会議所のシーンに至る、日本の不況の状況とか、具体的に見たかった。
何よりそれを春馬さんはどんな姿で、表情で演じるのか、期待を膨らませ過ぎていました。


ただ、そんな気持ちのままで
天外者を受け止めない自分にも嫌気がさして



(ごめんなさい  これからは、気持ちを切り替えるのでその前に愚痴いいます(T-T))

大阪商工会議所のラストシーン
もっと長いシーンで見たかったのよー。
腹の底から鳴り響く春馬さんの台詞は圧巻
なのだから、罪と罰の春馬さんのように、
カンパツ入れず怒涛の如く発せられる
長台詞で議論し合うような、勢いと長時間
のシーンを凄い期待してたのよー。
きっとカッコいいでしょー

それから、五代さんの感情が揺れ動くシーン
こそ春馬さんの真骨頂、あと前後10秒づつ
だけでも増やしてー。
春馬さんの感情が変わっていく、揺れ動く
様がもっともっと見られたのに。




解りきれない所を補おうと
関テレの天外者の舞台裏ドキュメントを見て、今日ももう一度映画を見て監督が伝えたい事を考えたいと思いました。

ドキュメントを3回4回も見てから、やっと春馬さんのおっしゃっている事にはっとして。


五代友厚が、実際に大隈重信に宛てた手紙を
読んだ春馬さんがドキュメントで語っている
のですが、
手紙は、政府の役人時代の五代が、敵の多
かった大隈重信を諭す内容で5ヶ条の文章で
まとめられているそうです。

それは


「商談のときなどに、気持ちを乗せすぎて話すと、伝わるものも、伝わらなくなると」


という意味合いの内容で、春馬さんは論語の言葉   忠信孝悌   を思い浮かべたそうです。


(薩摩藩の儒官(儒学者)を父にもつ五代が、)まさに論語の教えを理念としていた事に、春馬さんは腹に落ちたと、五代友厚という男が見えたと、田中監督に伝えたそうです。



春馬さんが思い浮かべた論語

ちゅうしんこうてい
忠信孝悌



春馬さんはこの言葉を、次のようにおっしゃっています。
 
忠は      まごころと書く  
              また良心的であること。
信は      信用されること  
              信頼を勝ち得ること。
孝悌は  両親や友人を大切にしながら
              過ごす事。

この考えて方をベースにして
仁という古徳を積むことで、仁に行き着く
と書いてあったと。









儒学 論語を学んでいた春馬さんは
天外者に限らず、この忠信孝悌の理念を
実践されていたのかなと思いました。



相手を尊重し、思いやる気持ちが有るならば、真心を持って聞き真心のこもった言葉伝える為、きっとそのひとの胸にあなたの思いは届く

自分の普段の行いを振り返ると、
恥ずかしくなります。





世界は欲しいものにあふれている
を見ていて、春馬さんがゆったりと
優しい言葉で話す姿に癒されていたのは
このことだったのかと、
私自身も春馬さんという人を
少しですが教えてもらった気がします。










このように思ってからは、今まで痩せている
ように見えていた春馬さんが私の思い過ごしで、いつも通りの変わらない
穏やかで理知的な春馬さんだと気付きます。

むしろ、せいかんな顔つきで無駄なものは
全てそぎ落とされたような清清しさなのかも
しれません。

殺陣の稽古でも、一つ一つの動きを確認しつつも鍛えあげられた鋭い動きだし、
刈上げ頭に道着姿の春馬さんは、少年のような修行僧のような、雑念の無い雰囲気が漂っているように見えます。
30才手前でなぜこの雰囲気が出せるのか。





ドキュメントでも触れていましたが
五ヶ条について五代塾のHPに記載が
ありました。

腑に落ちないでいた映画の展開が、
私の一人よがりの思い違いで、
むしろ五代の生き方を田中光敏監督は表しているのだと、この5ヶ条を読んではっとしました。

龍馬の勢い良くハイテンションな役柄に対し、
五代は少しトーンを抑えた演技にしていたのも
彼の人柄を表しているのだと。


はるに対しての愛情は、恋心はもちろんですが、周囲の人達の願いを応援し汲み上げる社会作りそのものが五代の生き方なのに、
はるを救うことも出来ず、岩壁まではるを
背負って行きながら海を見渡す直前で
はるを失うこのシーンは、
新しい技術や仕組みを欧米から取り入れても
当の国民を救いだせない五代の悲しさが
とても深い事を表しているようでした。






大隈重信への「短所5ヶ条」の忠告書
(1条) あなたは1を聞いて10を知るほど賢いけれど、たとえ愚説愚論だと思っても 人の話は最後まできっちりと聞いてあげて下さい。
(2条)  あなたの部下の意見とあなたの意見と大同小異の場合には、常にその者の意意見を誉めて、それを採用して下さい。   そうでなければあなたの徳を広めるこ は出来ません。
(3条)   怒気  怒声を慎んで下さい。人の上に立つ 人が怒鳴っては見苦しいもので、あなたの徳性を失います。
(4条)   会議や話し合いでは、参加している多数の人の意見が固まった時まで待ってあなたが決断して下さい。そうすればあなたの決断に対し皆さんの協力が得られるでしょう。
(5条)   あなたがある人を嫌えば、その人もあな  たを嫌うでしょう。それ故、自分の好まぬ人にこそ、丁重で真心で親しく交際を広めて下い。








ラストシーンで、商人たちの怒号のなかで、なかなか五代が話し始めないのも、五代の生き方を表しているのかなと思いました。

監督が伝えたいことを素直に受け止める
難しく、まだ解りきれない所はたくさん
あると思います。




五代のセリフ
「わたしは夢のある未来がほしいだけだ」のシーンをドキュメントで、撮影の様子が写されていましたが、春馬さんは諭すように、また自分に言い聞かせるような落ち着いたトーンで語りかけるような台詞回しに聞こえます。
語尾の音を少し抑えめにしているのが、五代の人柄が表れていて好きでした。

映画では、強めの口調に変わっていたので、
監督がおっしゃっていた、撮影後にアフレコを
当てた部分がこのセリフなのかもと思いました。
私は春馬さんが現場で発した台詞のほうが
しっくり合う気がしますが、
映画のインパクトを出すのには、アフレコが
必要だったのだと思います。
何より、春馬さんが撮影後アフレコ入れの為、監督と再度会って商工会議所のシーンを事前に見ることが出来たこと、
春馬さんが天外者の撮影を振り返り、
涙したこと、全力投球したことを
視聴者が知り得たこと
その事を監督から教えて頂けたのは、
本当に貴重なことで

天外者という映画が、これから何十年と続く
春馬さんからのギフトであることを
教えてもらった気がします。

てんがらもん は鹿児島弁で
天からの授かり物 という意味もあるそうです。
インタビューで春馬さんは、天外者の撮影を
振り返り、
「完全燃焼しました。悔いはないです
   この映画に」
と語る姿は、撮影を思い出し込み上げてくる気持ちを少し恥ずかしそうにしていて、春馬さんにとって天外者が本当に大切なものだったと、わかるようでした。

こんなに存在感のある人が
いないとは思えない。
これからも何度も天外者を見る度々に、
天からの授かり物という言葉と、春馬さんを
重ね合わせるだろうと思います。