不登校三姉妹の母です。




昨日はお味噌を作りました。

雑菌の少ない冬に作り、酵素が一番活性化する時に夏を越すのがいいのだそうです。

また味噌は麹で作りますが、麹菌は既に死んでいて、その周りに着いている酵素が味噌を発酵させるとのこと。

以上、長女談。

大豆をつぶす



大豆2kg、麦麹5kg
甕の縁ギリギリまで来ます


焼酎を染み込ませたサラシで覆う

半年寝かせて9月1日に天地返しと味見予定

サラシは長女が栗の渋皮で染めたもの

天地返しをした方が味が均一になるらしい(長女調べ)






長女は現在中学校3年生。義務教育もそろそろ終わりです。



巷ではコロナウィルスの影響で小中高が休校になってしまいましたが、我が家は、いつもと変わらずみんな家にいて、それぞれが好きなことをしています。


長女はHSC(ハイリー センシティブ チャイルドの略)です。あらゆる刺激に対して、とても敏感。繊細で優しく人の気持ちまでも感じ取り過ぎて、学校のように刺激の多い所では、神経をすり減らし、私達の想像以上に疲弊してしまいます。



彼女が、学校にいる間に受ける刺激を、一般の人に置き換えてみると、黒板を爪で引っ掻くような音を一日中聞かされ続け、眩しいフラッシュを浴びせ続けられる、その中で難しい問題を時間内に解き続けなければならないような感じでしょうか?


一見、静かな授業中でも、
先生がチョークで黒板に書く音、先生の話し声、誰かがひそひそ話す声、イスや机が床と擦れ合う音、クラス全員が教科書をめくる度にページに反射して入って来る刺すような光、クラスメイトのちょっとした動き、校庭からの号令、雑音、、、などなど、、、


私も想像を巡らすだけで書ききれないほどありそうですが、本人はもっといろんなものに無意識下で反応していたんだと思います。


その全てが同レベルで、一気に情報として入って来て、それら全ての情報を脳が高速で処理してしまうので、先生の話なんて集中して聞けるはずもありません。


彼女曰わく「小学校は地獄だった」

それはもう苦しい地獄の日々だったと思います。

洋服を着ているだけで、常に針で刺されているような刺激を受けているので、心が落ち着くことがありません。今はオーガックコットン、最低でも綿100&%の肌着を着用。ゴムの部分を、自分で折り返し縫いなどして、工夫しながら着ています。



小学校時代は、誰もそのことに気づかず、気づいてももらえない日々。

スクールカウンセラーにかかり、個別指導、適応教室、通級教室、保険室登校など専門家の目があったはずですが、誰からも気づいてはもらえませんでした。





本人すら自分だけが人と違うという事に気づいてなく、

なんでみんなは我慢できるんだろう、
なんで普通に過ごすことができるんだろう、
私だけが我慢出来ない、
お母さんは毎日悩んで、悲しんで、泣いている、、、


私が悪いんだ、、、、


私だけが悪いんだ、、、、


という思いに駆られてしまい、自己肯定感は下がりまくりだったと思います。

私は私で、なぜこの子は学校に行けないんだろう。家では普通に、いや普通以上に良い子で、教えたことはちゃんと理解し、覚えて勉強も出来るのに、、、、
ピアノも上手で、優しく、健やかで、
不登校がなければ、本当に素晴らしい子で、
発達小学生と言われた事もない。
私の育て方が悪いんだ、
育て方が悪かったんだ、
と、自分を恨み、子ども達に怒りをぶつけたり、ドロドロの状態でどつぼにはまってました。


親子共々それは苦しい地獄のような日々でした。


すみません、長くなりました。

HSCという概念に出会ったことは大きな転機となりました。詳細はまた追々書いていきます。

また、彼女も中学生になり、自分のことを客観的に見られるようになり、自分の思いを言葉で表現することが出来るようになりました。



当時の気持ちや、今の自分の素直な思いを、やっと言葉にして表現することが出来るようになったので、そのことも書いて行きたいと思います。







味噌作りの後、長女は薄くスライスした無農薬のポンカンをオーブンで100度1時半加熱。
ドライポンカン出来上がり。


いつもと変わらない日常です。