あの震災からまもなく7年です。

災害ボランティア派遣から、

様々な出会い、様々な経験をさせていただきました。

遺体安置所でのボランティア経験は、

私のこれまでのいろいろなものを壊しました。

議員(当時は元議員)秘書も辞めました。

ひとりでも多くの方の役に立ちたい、

支えなきゃ助けなきゃ、とてもジッとしていられない

もし、また同じような有事が起きるときには、

ひとりでも多くの命を救いたい、その力になりたい。

自分のことなどどうなっても良い、

とにかくたくさんの人で現地に向かわなきゃ、

現地のことをたくさんの人に見て聞いて感じてもらわなきゃ、

そこで始まったのが、この「絆ジャパン」です。

まだ、多くの人たちが未来に不安を抱えています。

もちろん、自分の足でしっかり未来を築いている方もたくさんいます。

つい、あの頃の記憶が薄れてしまうことがありますが、遺体安置所での経験は匂いも音も景色も忘れたことはありません。

透明の厚めのビニール袋に入れられたいくつものご遺体

なにひとつ物音のしない空間、

そこへ近づく足音だけが響くと、

必ずそのあと心が打ちひしがれるような悲しい声がこだまする。

並べられた遺体の中には小さな小さな袋もありました。

みんなが天井を向いていました。

並べられていたのは、からだが全部ある遺体ばかりではなく

とても小さな袋には、

腕、脚、指、耳、目、歯、、、



ちゃんと備えなきゃ、生きることも、そして亡くしてしまった大切な人のためにも。

今ではインフラも整備され、見た目にはそこで何が起きたかもわからなくなっています。

でも、心には昔がちゃんと残っていることを決して忘れてはなりません。

あなたは未来へ何が出来ますか?

たまたま生きているのは、何かの役割を見つけるため、かもしれませんよ。