量子場調整 創始者による量子展開

量子場調整 創始者による量子展開

量子力学をイメージと無意識に展開した、心身を調整する技術、量子場調整の創始者が、研究活動に奮闘している毎日を書きつづります。
世界にこの技術を広げ、三次元的世界を上昇し超えていきます。

歯の噛み合わせと量子




動物には、時に人よりも真摯な犠牲者意識がある。
しかし彼らといえども、人間のモルモットになって、薬学や科学のために犠牲になろうなどとは思っていないだろう。

もし、モルモットが人間だとしても、その犠牲がどれだけの真実を語るか知れたものではない。

ある時期いくつかの医科大学で、歯の噛み合わせ状態が健康状態に、どのように関係するか研究論文がしきりに提出されていた。

例えば、学生を対象とした実験では一番奥の歯の親知らずを、故意に1ミリ低くすると、身体や精神にどのような変化があるか等等、統計的に調べたものだ。

その前後に、犬の歯の噛み合わせを故意に数ミリ左右にズラすとどうなるかの実験がされ、その内容は、新聞にも報道された。

実験犬5匹のうちの、ほとんどが背骨が曲がったり、様々な症状をの中でヨダレを垂れ流し、最後は半狂乱でのたうちまわり、立てなくなり早死にした。

歯科だけではなく、医科科学もこの関係を、明らかにしたいと多くの学者が、トライしたが難しい問題に突き当たった。

1、動物保護の問題
2、それほど危険な実験を人に対してできることなのか
3、もし、そのことに同意した健康な男女がいたとしても、
 ある人は何となく頭がぼんやりした
 ある人は、胃が重い
 ある人は何ともない


統計にもできないほど、微細で、人によって異なる。

そんなわけで、人の場合、歯がなくなるまでも実験するわけにはいかない。

だから、この問題の解明は今も頓挫している。

そこへ持ってきて私の出番だ

これらのことを、承知で自分自身をモルモットにして、自分の歯がなくなるまで、意図的に歯を削り、歯列と身体の実験を10年以上にわたって調べた。

結果は散々、まさにの犬のヨダレを垂れ流し、たうちまわる気持ちがわかった。
その中で、歯と身体の規則的な関係は曲がりなりにも掴んだが、その窮地は半端ではない。

しかし、しかしである。
ここに救済者がいた。

そこに神がいたのだ。
その名は量子である。

思いに即して
時には魔人のように、時には女神のように現れ出る、目に見えないほど小さな神が。

彼らは、歯のかみ合わせなど、一瞬に変えられる。


岩尾和雄のHP

 

観察者は、誰が何を観察しているのだろうか。

2019.11.15


 科学者は、できるだけ自分の思いを入れないように様々な事象を観察しようとする。
それが物事を、明確に判断する基準だ。


もし、あらかじめ良い結果を出そうと、望みや既成概念が絡むと信頼性のある結果ではなくなる。
だから、科学者はニュートラルな心を大切にし、正直であろうとする。


一方、量子場師は、病気の惨状がどうあろうと、健康な思いをもって観察をしようとする。
それは、科学者からすると、理解の範疇を超える。
嘘で、塗り固めようとするのか?


この二つの、観察は真逆だ。

この二つの観察には、確かに相入れない要素がある。

しかしである。
相入れるのだ。


科学者は、物理を見ている、
物理は過去の産物だ。
現実も観察された時には、過去の事象になっている。
だからここにイメージは邪魔なものになる。


量子場師は心という量子を見ている。
心は、量子は未来の材料だ。
未来は設計図のごとくイメージによって創られる。


ここで、誰がこのイメージを観ているのか。
ここが重要なところだ。


イメージは、未だ現実ではないがために、
観ている者は、意識なのである。


そのために、量子場師にとって、現実や判断は邪魔なものにさえなる。
それは、斬新な家を建てようとした時、
今まであった古い家にこだわる必要がないのに似ている。


だから、両方の観察は真逆ではあるが、共に正しいのだ。

男性の中にも子供が

2019.11.15

量子は観る者と観られるものの、双方に産まれ出る。
これは不思議なことだ。


男性が女性を孕ませたとすると、
その男性も妊娠する。


Aという相手を恨んだ目で観たとすると、相手に恨みの量子が産まれると同時に
自分の心の中にも同じ量子が産まれる。


Bという女性を、顔の歪みを無視して美しいとまんじりと観ると、その人の顔は美の量子に包まれる。

人を恨まば、穴二つという日本の格言があるが、こんなことを量子力学が証明している。
このことを、量子場調整も様々な技術を通して証明している。


この基本的量子の性質を、物理の世界は理解できない。
そんなことがあってたまるか。
もし、そんなことがあるなら、算数が成り立たない。


人にお金を出すとその分なくなるのが数学だが、相手にも同じお金が現れると、算数にならない。
常識的な教育、経済世界がこの算数を基本にしているのだから、こんなことを言ってはばからないと敵を見るような、扱いになる。


だが、よく考えてもらいたい。
ここでは意識を伴った心の世界を扱っているのだ。


男性が女性を孕まし、その出産と同時に
男性の心の中にも子供が生まれるのだ。

例外なくいい顔に

2019.11.15

健康状態や、その人の能力は顔の表情に顕われる。

その
隠れたその中心が、口腔の中の歯のかみ合わせなのである。
かみ合わせは気がつきにくい盲点だ。


噛み合わせにブレがなくなると、例外なく、いい顔になる。

逆に
歯の噛み合わせがズレると頭蓋と身体が同時に歪むため
顔だけではなく、腰痛、子宮筋腫、膝の痛みなど、思いもがけない症状につながってゆく。


歯は骨なので、痛みや違和感を感じない。

気になる変化や痛みは、顔や身体の方が大きいために、歯の噛み合わせはズレ込んだ位置で、忘れ去られることになる。

もう一方では、脳の歪み、特に後頭部にある小脳はその変化に反応し、あらゆる精神症状を引き起こすこともしきりだ。

しかし、歯の噛み合わせを、物理的に変えても、すでに歪んで落ち着いている顔の歪みと症状をを取り戻すことは難しい。
一度傾いて落ち着いている家を起こすようなことは、至難の業なのである。


では、どのように、この複雑さを直すことができるのだろうか。

もし、これができるなら、どんな人も、いい顔で5歳は若くなるだろう。

。。。その技術があります。

 2019.11.15 01:44 |  

そこに神がいた

2019.11.13


動物には、時に人よりも真摯な犠牲者意識がある。
しかし彼らといえども、人間のモルモットになって、薬学や科学のために犠牲になろうなどとは思っていないだろう。


もし、モルモットが人間だとしても、その犠牲がどれだけの真実を語るか知れたものではない。

ある時期いくつかの医科大学で、歯の噛み合わせ状態が健康状態に、どのように関係するか研究論文がしきりに提出されていた。

 例えば、学生を対象とした実験では一番奥の歯の親知らずを、故意に1ミリ低くすると、身体や精神にどのような変化があるか等等、統計的に調べたものだ。

その前後に、犬の歯の噛み合わせを故意に数ミリ左右にズラすとどうなるかの実験がされ、その内容は、新聞にも報道された。

実験犬5匹のうちの、ほとんどが背骨が曲がったり、様々な症状をの中でヨダレを垂れ流し、最後は半狂乱でのたうちまわり、立てなくなり早死にした。

歯科だけではなく、医科科学もこの関係を、明らかにしたいと多くの学者が、トライしたが難しい問題に突き当たった。

1、動物保護の問題
2、それほど危険な実験を人に対してできることなのか
3、もし、そのことに同意した健康な男女がいたとしても、
 ある人は何となく頭がぼんやりした
 ある人は、胃が重い
 ある人は何ともない


統計にもできないほど、微細で、人によって異なる。

そんなわけで、人の場合、歯がなくなるまでも実験するわけにはいかない。

だから、この問題の解明は今も頓挫している。

そこへ持ってきて私の出番だ

これらのことを、承知で自分自身をモルモットにして、自分の歯がなくなるまで、意図的に歯を削り、歯列と身体の実験を10年以上にわたって調べた。

結果は散々、まさにの犬のヨダレを垂れ流し、たうちまわる気持ちがわかった。
その中で、歯と身体の規則的な関係は曲がりなりにも掴んだが、その窮地は半端ではない。


しかし、しかしである。
ここに救済者がいた。


そこに神がいたのだ。
その名は量子である。


思いに即して
時には魔人のように、時には女神のように現れ出る、目に見えないほど小さな神が。

彼らは、歯のかみ合わせなど、一瞬に変えられる。



新しくホームページが新設されて念願の私の個人ブログが開設され、最高に幸せ。



これから思いついたことを、気ままにここに載せてゆこうと思う。



最近、量子に興味のあるというクライアントさんから
量子場i師になって何が変わりますか?
と質問され、返す言葉にいつも躊躇してしまう私がいる。

本当は、人生の全てが面白いように変わりますよと答えたいのだが、
そう答えると、あまりにも抽象的になるし、怪しい。

私自身の場合、その通り、全てが面白いように変わり、また変わりつつあるのだが、人はそれぞれ想いが違う。



ある人は、もっと健康に
ある人はもっとリッチに
ある人はもっと人生楽に生きたい
ある人はもっとすごい人になりたい
ある人は、本当のところどう変わりたいか、自分でもわからない。


一体何をもって面白く変わるのだろうか。
その面白さとは何をいってるのだろうか。
そこが問題ではないだろうか


量子世界での面白さとは、一風う違ったところがある。


もし、思ったことと現実が裏腹だとすると、誰も面白くない
もし、良かれと思ったことが、人に恨まれることになると辛く、面白くない
もし、車を運転していて、ブレーキが効なったり、急にアクセルとブレーキが
反対になったりすると、面白くないどころではない。
もし、病気になって、自分のからだが何一つ動かすことができず、意思も家族を含めて周りの人に伝えられないとすると、「面白くない」をさらに超える


こんなところから、量子場調整での面白さとは
自分自身の意思が、少しずつ自分の身体や人生に直結する能力のことなのである。


もし、人生が完璧な健康でなくても
十二分なリッチさでなくても
誰もうらやむ、すごい人でなくても
さらに、病気のさなかにあっても、自分の意思が身体を変化させる、能力を育てることなのである。

そのことが、面白いことなのである。
変えて表現するなら、意思が量子をともなって、現実を変化させる能力そのものが面白いのである。

当然その結果、前述の外側の全てが、変化してゆく。