「~~なんだから、こうして当然でしょう」という期待を手放す
昨日は大分市で言霊ワークショップを午前、午後に渡って開催しました。
ほんのちょっとしたポイントに気をつけるだけで、空間全体が共振するような響きを生み出すことができます。
とても美しい言霊が空間を浄化していきました。
人とは、存在するだけで素晴らしい創造をしていると、つくづく感じます。
次回の講座は、春分の日に開催です。
節目の日として、特別なエネルギーが動く日ですから、この日に言霊の講座を開催できること、とても楽しみに思っています。
それでは今日の読むスピリチュアルレッスンです。
私達が生きている世界には、職業があって、その内容に寄っては、期待される外見や振る舞い、対応などが変わります。
・学校の先生なんだから
・一流ホテルなんだから
・コマーシャルでこう宣言しているんだから
・パートナーなんだから
・コンサルタントなんだから
・社長なんだから
・従業員なんだから
・親なんだから
・子なんだから
・友達なんだから
・セラピストなんだから
・クライアントなんだから
…という風に、ありとあらゆることに対して、「~~なんだから」という枠組みを決めて、相手の動きや対応に無意識で期待をします。
ちょこっとした期待もあれば、「こんな不幸な私にしたのはあなた。だから責任取ってよね」…と、無言のプレッシャーを与えて、相手をコントロールする…なんて形にエネルギーを使う方もいます。
「~~なんだから」 という思い。
場合によっては、無意識であきらめを感じます。
私のマーケティングの師匠、阪本啓一先生は、「サンガリアやったら、しゃ~ないか」 と著書のなかで書いておられて、私、大爆笑してしまいました。
関西人にお馴染み、サンガリアというのは、不思議で不気味なドリンクを自販機で販売する飲料メーカーです。
私も、ある意味、お笑いネタ目的でしか購入したことがないです。
サンガリアのドリンクを買う人は、美味しさは期待していない…と思います。
つまり、無意識であきらめを感じている例。(笑)
話が少々それましたが、立場や職業ということを枠にはめてしまうと、そこに無意識の期待や諦めを先に抱いてしまいがち。すると、どんな対応をされたとしても、起きる出来事に対応するキャパが小さくなりがちです。
ここには、潜在意識が持っている、もっと深い意図が関わっています。
それは復讐心だったり、あまのじゃくだったり、恨みだったりします。
私は幼少期、母が私のことを「お姉ちゃん」と呼ぶことに喜びを感じる日と、いらだちを感じる日がありました。
お姉ちゃんと呼ばれると、「姉らしくしなければならない」と勝手にプレッシャーを感じ、耐えられなくなりました。
そして母のところへ行き、「明日からはみかちゃんと呼んで」とリクエストします。
名前で呼ばれると、私自身を見てもらっている感じはするものの、お姉ちゃんという役割が忘れられているように感じます。妹や弟と平等な感じがして、せっかく姉に生まれたのにその特権が活かせていないかのように感じました。
母は、「はい、はい」 と、その都度、対応してくれていましたが、私は結局のところ、あまのじゃくだったのだと思うのです。
あなたの周囲にも、こんな人がいませんか?
リクエストはするけど、それを叶えてもらったからといって、喜ぶわけではなく、前の方が良かったとまたリクエストを繰り返す人。
欲しかったものを手に入れたのに、手に入っても、手に入らなくても、満足することはない…そんな人。
与えられているものは気に入らないという傾向があるのだと気づいたとき、本当に欲しかったものは何だろうと、これまで以上に深い意識を探っていくことができるようになります。
このケースからも言えるのは、「こうであって欲しい」 が叶ったとしても、あまのじゃくマインドがあると、やってくるギフトは受け取らない上に、文句まで言ったりするのです。
文句を言うポイントを常に探していたりすることも。
だったら、癒すべきは、叶えることよりも、満たされなさを感じたがるマインドということになりそうですね。
「~~なんだから、こうして当然でしょう」 の期待(思い込み)を持っていることに気づいたら、さらなる深い意識に気づく戸口となります。
期待と違う残念なことが起きたときに感じる感情は、まだ癒されていなかった心の声に気づかせてくれるのです。
そして、どんな体験も、次へのステップに繋がっていくから、起きた出来事はいつもベスト なのです。
それが一見、ベストに見えないような体験であってもね。
さて、今日は大分でムナイキ伝授会です。
今日も新しい出会いがたくさんあるようです。お越しになる皆さん、お目にかかるのを楽しみにしています。
素敵な一日をお過ごしください![]()
カルマは宇宙からの壮大なギフトです。
昨日のブログ記事に、たくさんのメッセージをいただきました。
それを読みながら思ったのですが、カルマっていう言葉に、ドキッとされた方がおられたようですね。
クライアントさんからも、罪や罰といったことについてのご質問を数日前にいただいたところです。
今日はカルマということについて、取り上げてお話をしたいと思います。
ひとつ、はじめにお伝えしておきたいのは、宇宙も神様も、誰かに罰を与えようと決してしていないということ。この前提を知っておかれると、バチが当たったんだと思わなくて済みます。
罰を与えることができるのは、ほかでもない自分自身です。
だからこそ、私達は、自分で自分を裁くということを、やめないといけません。
カルマとは、もともとはインドの言葉で、 「行い」 を意味します。
行いということですから、良いカルマ、悪いカルマ、色々あるのですが、通常、私たちはカルマという表現をするときには、悪いカルマを指していることが多いと思います。
これは、誰かを傷つけたり、悲しい思いをさせたり、環境を破壊したりといったことに繋がった(=不徳を積んだ)行いのことです。
徳と不徳の貯金のようなものをイメージすると、一見、善徳を積めばカルマが解消されるかのように思う方もおられるかもしれません。
ところが、
・カルマを解決することと、
・不徳を解消することと、
・徳を積むこと
これらは、同じことのように思えるかもしれませんが、それぞれ別のことなのです。
私もこのことを理解できるまでは、善悪の貯金で、不徳の貯金が減れば善徳の貯金が増えるという程度に捉えていました。でも、実は、もう少し複雑でした。
これには、カルマ・善徳・不徳のそれぞれを知っていく必要があります。
長くなるので、今日はカルマについてお話しましょう。
そもそもカルマとは、何のために作るのでしょうか?
(これを理解していくためには、転生という概念を受け入れる必要があるかもしれません。)
私達の魂は、何度も人生を経験しながら、壮大なヴィジョンをもとに魂の学びを体験していきます。
ひとつの人生の中で、孤独を経験する人もいれば、パートナーシップや家族と暖かな人間関係を学ぶ人もいるでしょう。
仕事に生きる人、家庭に生きる人、国を治める立場の人、神官の役割をしていた人、色々な人生をそれぞれ通過してきています。
お母さんのお腹に入るのは、受胎して3ヶ月頃と言われています。(これには諸説あります。)
人生で経験するテーマを自らが決めて、それを体験しうる家庭を選んで、両親を選んで、お母さんのお腹に飛び込みます。
この時点で、魂が持ち越してきた課題と、家系に受け継がれてきたパターン(良いも悪いも)を、かけあわせて、今世という人生が織物が織られはじめていきます。
この織物、ある程度、織り進めてみないと、どんな模様(課題)があるか、気づけないようになっているのです。
織物って、数段だけ織っても、模様はわからないですね。
そして、つくづく、言語は良くできていると思うのですが、模様とは英語でパターンと言います。
パターンに気づくためには、ある程度、織っていかないと見えてこないのです。
だから、パターンを織ってみて、それを続けるのか、もう手放していくのか、その都度、選んでいくのです。
パターンは、誰かのエネルギーと寄り合わさって作られていきます。これが共同創造です。
たとえば、過去世で貧しい暮らしを経験して人情に助けられたとします。
今世では、裕福だけれど心は寂しいという生き方を経験するかもしれません。
そんなとき、親しい魂同士は、お互いの経験をサポートしあうため、転生を重ねても何度も人生で近い関係性に生まれ変わり、ともに学んでいくというプロセスを歩みます。
誰かが 「パターン」 に働きかけて、解消へ向けてエネルギーを注いでいくと、共同創造している仲間にもエネルギーが流れていきます。
つまりね、浮かび上がってきたカルマのパターンに対して、自分だけで働きかけているように思いがちですが、そこに繋がるたくさんの魂へ、祈りや思いが流れていきます。
今回の人生で、大変な思いや体験に向き合うのは、どんな理由にせよ、それを体験すると決めてきたからです。
そして、そのテーマに気づいて正面から向き合うとき、「パターン」 に関わっている他の魂も、同じようにして向き合っているかもしれません。
転生を超えたテーマに、魂の仲間と取り組んでいく、壮大なグループワークです。
自分一人では完結できないようになっています。
あなた一人の存在、見えない世界の中で、多くの魂に貢献しています。
今日の記事が、カルマということについて、理解の助けになれば幸いです。
次回は、善徳と不徳についてのお話の予定です。
素敵な一日をお過ごしください


