背後からの声でおれの動きは止まった。
その声は、おれの教室に理科の授業の為に来た教師でおれの一年の時の担任だった。
彼女は「早く教室に入りなさい」と静かに言った。
「この生徒は、そちらの教室ですか?」と体育教師がおれを睨んだまま言った。
元担任は「何かあったのですか?」とおれ達の方へ歩いて来た。
体育教師が、事の経緯を話すと「この子が関係無いと言うなら関係無い筈です やった事をやってないなんて嘘は絶対に言わない子ですから」
と元担任は体育教師に言ってから確認するようにおれの目を見た。
そしておれが、真っ直ぐ見返すと彼女は、小さく頷いた。
体育教師が声を荒げて「そうかも知れないけど こいつの教師に対する態度とか言葉使いは問題だ!」と彼女に噛み付いた。
そこでおれの反抗心が益々湧いて来て「先にお前がおれを殴った事を謝ったらおれも態度を改めてやる」と言ったら体育教師は「誰が謝るか」と言い捨てて去って行った。
その後ろ姿を憎しみを込めて見送っていると元担任が「私が来なかったらあの先生を殴ってた?」と聞いた。
「先に殴ったのはあいつです」と答えると元担任が「暴力に暴力で返すのは間違ってると思う」と言った。
「じゃあ どうすりゃいいんですか?」とおれは少し苛立ちながら聞いた。
「暴力に暴力で返してもまたその暴力に暴力で返して来る それを繰り返して最後に正しい方が勝つとは限らないでしょ」
少し考えてから彼女は言った。
「私は、真の正義の前には悪は、自ら逃げて行くと思ってる あの人みたいにね」
彼女は、去って行く体育教師の後ろ姿を見ながら言った。
確かに体育教師の後ろ姿には負け犬のような情けなさが漂っていた。
彼女の言った通り奴は、逃げたのだ。
「なるほどなぁ」と言っておれが笑うと同時に元担任も笑った。
普段あまり笑わない二人の不気味な笑い声が殺風景な廊下に微かに響いた。
あの廊下の一件から長い年月が過ぎたが、おれは今も
「真の正義の前には悪は自ずから退く」と言う言葉を信じて生きている。
そんなおれは、勝手に「暗闇のヒーロー」を名乗っているが、おれの名乗る暗闇のヒーローとは、正義の味方ヒーローじゃ無い。
正義が味方のヒーローだ。