今日は12月14日です。

 

この日が何の日であるか、すぐに分かる人はどれくらいいるでしょうか。一昔前であれば日本で暮らす人の殆どが分かった筈ですが、年々廃れているように感じます。

 

 

話は300年前に遡ります。1702年12月14日、大石内蔵助以下47人が本所松坂町にあった吉良上野介の屋敷に討ち入り、主君・浅野内匠頭の仇を取ったのです。文化爛熟期を迎えた元禄時代、5代将軍徳川綱吉の治世では文治政治が進み、戦国の気風が払拭されつつありましたが、世間に「武士道」のあるべき姿を示した彼らの行動に庶民は喝采を送り、様々な分野で芸術作品が今日に至るまで作られてきました。

 

中でも一番の名作は歌舞伎や人形浄瑠璃の人気演目「仮名手本忠臣蔵」ですが、一連の事件を扱った作品は「忠臣蔵」と呼ばれるようになり、数々の映画やドラマが制作されてきましたが、ここ10年程は外伝が散見される程度で見る影もありません。

 

このままでは300年以上続いてきた日本文化の1つが消失することが避けられなくなります。そこで、今回の記事では私が個人的にこれまで視聴した多くの作品の中で、特に素晴らしいと感じた作品を幾つか紹介することにします。(以下、敬称略)

 

 

 

①「忠臣蔵 〜その男、大石内蔵助」(テレビ朝日系列、2010年)

 

 

  大石内蔵助 … 田村正和   吉良上野介 … 西田敏行

 

  他の出演者 … 岩下志麻・玉山鉄二・檀れい・石田ゆり子・小澤征悦・勝村政信・

        小野武彦・山本学・伊武雅刀・梶芽衣子・松平健・北大路欣也

 

 

  忠臣蔵について、最も短時間で全貌を概観したい場合に最適の作品です。年末のド

  ラマスペシャルとして放送された2時間程度の作品ですが、押さえておきたい逸話

  は外すことなく盛り込まれています。登場人物もあまり多くありませんし、若手か

  らベテランまで重厚な役者が顔を揃えているので完成度は高いと言えます。

 

  但し、内蔵助役の田村正和はお世辞にもニンとは言えませんし、独特の非常に物静

    かな台詞回しによって全体の雰囲気は暗めになっています。やや物足りなさを感じ

    る方もいるかもしれませんが、最短時間で理解する際にはお薦めです。今作の放送

  以降、こうした概説的な作品は製作されていません。ある意味で「最後の忠臣蔵」

    とでも言うべき貴重な1作となっています。

 

 

 

②「年末時代劇スペシャル 忠臣蔵」(日本テレビ系列、1985年)

 

 

  大石内蔵助 … 里見浩太朗   吉良上野介 … 森繁久彌

 

  他の出演者 … 風間杜夫・多岐川裕美・中野良子・勝野洋・竜雷太・あおい輝彦・

        下川辰平・野川由美子・夏八木勲・西田敏行・竹脇無我・丹波哲郎

 

 

  前後篇合わせて5時間程の作品で、DVD化されているので忠臣蔵の基本的なストー

  リーをじっくりと堪能したい場合に最適です。日本テレビの人気企画「年末時代劇

    スペシャル」の記念すべき第1弾として、12月30日・31日に放送されました。

 

  本来は1年間の連続ドラマとして制作される予定だったそうですが、上層部の反対

  によって年末の時代劇特番に変更されました。当時は「紅白歌合戦」の視聴率が非

    常に高く、関係者は大いに気落ちしたそうですが、31日に放送された後篇は異例の

    15%を記録しました。初めて視聴率が70%の大台を割った「紅白歌合戦」はこれ

  以降緩やかに視聴率が低下し、裏番組の制作に力が入れられるようになりました。

 

  内蔵助を演じた里見浩太朗を始め、いかにも「1980年代の時代劇」という顔触れ

  は見覚えのある役者ばかりで温かさと安定感があります。中でも上野介を演じた森

  繁久彌は口髭を蓄えた役作りで独特の存在感を放っています。とりわけ最期の場面

    は話題となり、畳を敷いた上で幸若舞の「敦盛」を踊りながら内蔵助に刺される演

    出が施されました。従来の小悪人としての上野介ではなく、堂々とした上野介を目

    指したかった森繁本人の意向が反映されていたそうですが、大ベテランへの気遣い

  も多分にあったでしょう。このように、やや俗っぽい演出も本作の特徴です。

 

 

 

③「テレビ朝日開局45周年記念企画 忠臣蔵」(テレビ朝日系列、2004年)

 

 

  大石内蔵助 … 松平健   吉良上野介 … 伊東四朗

 

  他の出演者 … 田中好子・沢村一樹・櫻井淳子・宇梶剛士・石丸謙二郎・寺田農・

        村上弘明・夏八木勲・藤田まこと・江守徹・津川雅彦・北大路欣也

 

 

  連続ドラマの「忠臣蔵」は数多く制作されていますが、1クール(全9話)で基本的

  なストーリーを抑えるにはこの作品が一番です。内蔵助役が松平健ということで、

  私の贔屓目が多分に含まれてはいますが、映像作品での使用が4度目となる古田求

    による脚本も実によく練られており、オープニングや音楽などの細部に至るまで丁

    寧に作られているので、豪華キャストの共演とともに楽しめます。初めて視聴した

    時の感動は今でも忘れられません。個人的に一番好きな「忠臣蔵」作品です。

 

 

 

④「大忠臣蔵」(NETテレビ(現・テレビ朝日)系列、1971年)

 

 

  大石内蔵助 … 三船敏郎   吉良上野介 … 市川中車 → 市川小太夫

 

  他の出演者 … 司葉子・尾上菊之助・佐久間良子・渡哲也・有島一郎・田村正和・

        丹波哲郎・芦田伸介・志村喬・中村錦之助・勝新太郎・松本幸四郎

 

 

  かつては「大河ドラマ」にも4度取り上げられた「忠臣蔵」ですが、1年間の連続ド

  ラマとして描いた最高傑作といえばこの作品です。とりわけ合宿までして練り上げ

  られた脚本の完成度は群を抜いており、ドラマ化の条件であった「既存の原作を使

  わない」「知られた逸話は全て盛り込む」ことを見事に両立させています。逸話の

  脚色や強引な解釈もありますが、圧倒的な格好良さと頼もしさを感じさせる三船敏

  郎の内蔵助を中心に、個性豊かな浪士達は一貫して綺麗に描かれています。

 

    全52話という分量に加え、映画俳優への出演交渉も積極的に行われた結果、民放の

    ドラマとしては異色の豪華配役が実現しています。その結果、討ち入りの場面では

    四十七士全員を揃えることが出来ないという驚愕の事態が発生しているほどです。

 (この辺りの、あまり後先考えていない感じは、いかにも三船プロダクション・・・)

 

  上野介を見事なまでに憎々しく演じた八代目市川中車は、討ち入りの収録を目前に

  急死してしまいます。第47回の冒頭で口上が挿入され、弟の二代目市川小太夫が引

    き継ぎましたが、どうしても敵役の迫力には欠けていたので何とも残念でした。

 

  1年間かけて「忠臣蔵」を描く場合、討ち入りまでの1年10ヶ月をどのように繋ぐ

  かという部分が課題になります。大抵は視聴者の関心を惹くために架空の人物の恋

    愛譚などでお茶を濁しますが、流石は三船プロダクション、東軍流の剣の達人であ

    る内蔵助を中心に大迫力の殺陣で勝負に出ました。赤穂浪士の動向を探る上杉家の

  密偵や柳生の忍者衆を相手に繰り広げられる戦いは頭脳戦でもあり、毎回浪士達に

    張り巡らされる罠を看破する内蔵助の姿は推理ドラマに通じるものがありました。

 

    1話限りの豪華ゲストも目白押しで、全く飽きさせません。この他にも、数話に1度

  の頻度で当時人気を博していたお笑い芸人やコメディアンが多数出演しています。

 

 

 

⑤「赤穂城断絶」(深作欣二監督、東映、1978年)

 

 

  大石内蔵助 … 萬屋錦之介   吉良上野介 … 金子信雄

 

  他の出演者 … 千葉真一・松方弘樹・西郷輝彦・渡瀬恒彦・近藤正臣・藤岡琢也・

        峰岸徹・三田佳子・丹波哲郎・芦田伸介・岡田茉莉子・三船敏郎

 

 

  ここまでドラマを取り上げてきましたが、勿論「忠臣蔵」は映画にも数多くの名作

  が存在します。その中でもこの作品はストーリー・キャスト・色調など総合的に判

  断して個人的には一番のお気に入りです。

 

  「仁義なき戦い」に代表される任侠映画が中心となり、時代劇から遠ざかっていた東

    映が復権を目指して製作した「柳生一族の陰謀」が大当たりとなり、その翌年に多

  くのキャストを引き継いで製作されました。興行成績は振るわなかったものの、基

  本に忠実なストーリーと豪華キャストの共演に加え、萬屋錦之介独特の台詞回しが

    全編に重みを与えており、昭和最後の忠臣蔵映画に相応しい貫禄です。

 

  中でも、吉良邸隣家の旗本・土屋主税を演じた三船敏郎の風格が圧倒的で、出番は

  僅か2シーンに留まるものの、重厚な演技を存分に堪能することが出来ます。

 

 

    内匠頭と上野介の確執は描かず、冒頭でいきなり松之大廊下での刃傷から始まると

  いう展開の早さは珍しいですし、随所に挿入される迫力ある殺陣から伺える血の気

    の多さなどはいかにも深作らしいのですが、監督の深作としては正統派の忠臣蔵を

  製作する意図は全く持っていなかったようです。

 

    当初は「内蔵助を金子・上野介を萬屋」という配役にした上で、上野介側からの忠

  臣蔵を構想していたそうですが、内蔵助役は歴代の東映スターが演じた大役である

  ことから、萬屋は当然これを拒絶します。2人は「柳生一族の陰謀」の撮影時から

  演出面で対立が絶えず、深作は今作の撮影途中で降板を申し出ています。

   

  個人的には「柳生一族の陰謀」も「赤穂城断絶」も素晴らしい作品に仕上がってい

  ると思うのですが、この頃から徐々に正統派の忠臣蔵が受け入れられにくくなって

    いたのでしょうか。深作は16年後に「忠臣蔵外伝 四谷怪談」を製作しています。

 

 

随分長く書いてしまいましたが、他にも数々の名作がありますし、私自身視聴してみたい作品は尽きません。今後も新作は殆ど望めないでしょうから、是非とも各局には再放送を積極的に行って貰いたいと願うばかりです。