昭和50年代頃までは、弁理士合格者の中で文系出身者がかなりのパーセンテージでいたようである。大手事務所でも、この頃までにうかった文系弁理士が経営者のところがかなりある。一方、今では、文系出身者は二割を切り、特に技術が高度化してきていることから、商標はともかく特許をやることは難しくなってきているように思われる。


 しかし、意外にも、文系出身者であっても特許を扱っており、独立してそれなりに成功している人は多い。文系出身者が特許を扱う場合、理系の夜間大学に通って理系の知識は一応身につけるが、そうはいってももともと理系出身の者からしたら、技術的素養という意味で不利なことは否めないだろう。

 そうすると、文系出身者は営業がうまいからだという話になるのであろうが、本当にそれだけだろうか?文系出身者だって、営業職を経験した人などそうそういるとは思えない。私も、文系弁理士を何人か見てきたが、別に理系出身者より営業センスがあるとは思えない。


 では、なぜ成功するのだろうか?私が感じるには、文系出身者が営業が上手いのではなく、理系出身者が下手なだけだと思う。下手というのは、別にセンスがないのではなく、物事を難しく考えてしまう傾向があるように感じる。


 顧客を獲得したければ営業をする。これは普通に考えたら当然なことのように思えるが、理系の人間の場合、営業をしたら相手の言いなりになるのですべきでないと考えたりするのだ。

 料金のこともそうだ。あまり不当なディスカウント要求は確かに断るべきだが、ライバルとの差をつけるために安くできるところは安くするというのは当然の営業努力だと思う。しかし、これについても、一度下げるとその値段でやらなければならくなるという懸念から、料金を下げるべきでない考える理系出身者は多い。

 要するに、理系出身者は、頭が良いのかもしれないが、当たり前にやればよいことを、色々先読みしてやらないがために損をしているように感じるのだ。


 それと、理系出身者で感じるのは完璧主義だ。百点満点でなければ零点と考えるフシがある。 そのため、自分が得意でなく百点満点が取れそうもない分野を敬遠してしまうのだ。換言すれば、百点満点でできる分野があるために、それができない分野での理解力の乏しさを痛感してしまい敬遠してしまうように感じる。

 その点、文系出身者は柔軟だと思う。彼らにしたら、もともと百点満点にできる技術分野などないだろうから、顧客が納得してくれるレベルまで行けたらよしというスタンスでおり、結果として対応分野拡げられるのだろう。まあ、凡人の自分からしたら、このような考えの方が普通に感じるのだが・・・。