気づき魂。

私と同じように


ご家庭の中に入る仕事として、


ベビーシッターという職業があります。


私はかなり小さなお子さんを専門とするシッターさんに


お目にかかることが多いのですが、


いろいろと気づかされます。


親という仕事は、


大体において兼業です。


親を専門職とする方は、


めったなことではお目にかかれません。


そうなると、お子さんに向かっているときに


別のことをし「ながら」かかわることがあります。


でもそれは気配を感じさせておけば満足のいくことと、


気配ではなく、お子さんの瞳孔の中を見てあげて、


対応してあげなければならないことに分かれていて、


うまいな、と思うシッターさんは


そこのきづきが、声でわかるのです。


瞳孔の中を見てあげて、気合を入れて喜んでいる声が、


何部屋も離れたところからでももれつたわってきて、


わかるのです。


まだ言葉を話せないお子さんの気配に気づいて、


上手に解放させていると、


お子さんは安心して、体がふわふわします。


私も、教え子の話には多分オーバーすぎるほどに対応します。


だからといって、わかりやすくじっとみつめていると、


子供というものは萎縮しますから、


静かに問題に取り組み始めた瞬間から、


解き終える瞬間までは、


できるだけ気配を消して、わずかな気配の中で


問題を解いてもらいます。


問題と自分との一対一の関係をうまく作れるようになってくると、


私がおいとました後も、家庭学習がうまくいくようになるので、


その気配と、教え子への最大限の興味とで、


子供の感情をゆさぶり、


今お子さんの抱えている課題への興味を引き出し、


知識の取り入れ口を作り、知識の入れ方を考えます。


そして本人の気づいていないところで起こす


ミスの萌芽を、言語化して気づかせます。


 ほら、そこ、分子の1を写してない。 

 分子がじゅうなんとかになると、十の位から気持ちが飛ぶね。


 二桁分子は注意だね。


 おお、今度はおっけーでした。


言語を使えるかどうかの違いはあれど、


どこまでお子さんの無意識の行動の変化に気づくことが出来るか。


これが一つの間合いと気合の勝負です。


でもその勝負が楽しいからこそ、


私はこの仕事を続けています。


ここまでお読みいただいた方へ、ひとこと。


お子さんに感じさせるのは、気配だけでも、100パーセントの興味だけでも、


不十分です。


必要なのは、その幅です。


一人でもやれる、でも、やれたことを


本気で、真剣に、喜びを、共有する。


これを、親御さんよりうまくやれているのが、


件のシッターさんに代表されるような、プロの教育者なのです。