いい入試国語の問題って、どこにあるのでしょう。


それは、いい国語の先生の頭の中でしょう。


いい国語の先生は、


偏差値の高い学校にいらっしゃる、とは、かぎりません。


偏差値急上昇中の学校は、


まず英語と数学の先生にてこを入れます。


次に理系合格者を増やしたいので、


理科の先生にてこを入れます。


社会と国語はその次かな。


学校説明会にうかがっていても、


国語の先生が保護者に感動を与える、


という光景はやや少なめです。


かなしいことに。


母国語を再発見し再構築し、


母国語の使い手になるということが


どれほど「もだえじにしそうに楽しい」ことなのかを、


今一番当たりの国語の先生に当たっている


教え子から毎回毎回聞かされる私としましては、


本当にいい国語の先生に当たるって、ばくちなんだなあ、


と思わざるを得ません。


確かに、国語の先生で塾で当たりの先生がいると、


すぐ話は広まりますもんね。


さて、いい先生のいい問題とは。


それは、授業一時間目でなにを語りたいのかが


見えるということです。


文章を見ていて、受験テクニックだけで


100点満点まで行けてしまう学校は、


先生の色は絶無です。


でも、先生の読みの手法が


くせがありすぎて、3年間習ってもさっぱりわからんちんだった、


という先生もおいでです。


良い読みというものは、一つに凝り固まることがないにせよ、


ある方向に進んでいくものであるという信念のもとに


より良い読みを模索している先生の作られる作問は、


本当に本文を新たな目で見直させてくれます。


そうした問題が入っている学校には、


必ずいい先生がおいでです。


それは受験テクニックでは到達し得ないものがあるのです。


受験テクニックは、作者に迫るもの。


良い入試問題は、読み手の生き様に、迫るきっかけを、


ちらりと示しているのです。