入試国語。


私の心のテーマであり


オフィシャルなテーマでもある。


入試国語のなにが難しいって、


必ずしも問題を解く世代を向いているわけではない作者の思いを、


自分の読ませたい読みにひきつけながら、


問題を解くお子さん方へと中継しなければならない


先生のご苦労を思いつつも、


その意図を読みきって、


その読みのスタイルに合った子をその学校に送り込む、


もしくはその読みのスタイルに合わせてお子さんをその学校に送り込む、


その精度をあげなければならないという、


要請にこたえることだ。


預かったお子さんはなにが何でも、


そのお子さんが幸せになれると


現時点で考えられる最善の道へと


送り出さなければならない。


いつかは別れていくことを、


いつかは手を離すことを、


常に意識するからこそ、


自分にできる最高の仕事で


送り出すしかないと思っている。


だからいつも研究は続けているが、


とりあえずいえることはある。


学校の体制がぶれているとき、


国語の問題もぶれる。


学校の体制が磐石だと、


国語の問題は安定する。


予告なしで大幅に出題傾向が変わるとき、


それは志望校の中で、



なにか


があったと思っていい。


それだけは、いえる。


その学校に通っている教え子たちが


不穏な話をするとき、


国語の問題は無意味に受験者平均を下げる。


そして、十分に実力のあるお子さんが


解いても解いても過去問の点数が安定しないとき、


それは志望校の先生の


読ませ方が異なっていて、


それぞれの先生に読みのスタイルが任されているか、


形式だけ同じものを作っていても、


中身はそろっていないか、の



どちらか




である。


過去問を解く時には、


そうした面も


気づいてあげてほしい。