2013-01-24 10:13:43

墓まで金は持ってけん!て?(長文になります)

テーマ:Column
日常の煩雑さについ忘れがちだが、何かのときにふと思い出す大事な感覚。
金の大切さと空しさのホコタテ。
大切といえば、この空間と時間をどれだけ慈しんで過ごせるか。。。
だけども、豊かに過ごそうと欲張ったら必ずアレが要る。。。

いや、ほんとのことぜんぜん大切なんかじゃないんだ。
ただ、覚悟がないだけ。
覚悟さえあったら、2013年の日本だったらまだまだ無銭で生きていける。
ってむっちゃローカル。
もっとグローバルで普遍的な箴言(quotes)じゃないのか?

「墓まで金は持ってはゆけぬ。」
誰かがいったんだよね。最初に。

人間は富を墓の下まで持ってはゆけない。
金を持ったまま死ぬことは馬鹿げでいる。
Andrew Carnegie[1835-1919](アメリカ:実業家)

ググったら、このようなのが出てきました。意外と最近なのか。
新約か、旧約聖書あたりにすでに出典がありそうなんだけど。。。
まあ、いいです。実業家が言った方が、貧乏人が言うよりリアルだね。

金持ちが100万円を10円みたいに消費することに飽きたときに感じる空しさと。。。(もちろん飽きない人も当然いるだろう)
宿無しが一日の飯代500円を自転車の荷台一杯の鉄くずで稼ぐ苦しみ。。。(いや決して金持ちの空しさと呼応はしない。もしかしたら楽しいと感じる宿無しもいるだろう。念のため。)

こんな極端な例を出すまでもなく、貧富の差に関わらず一分一秒はすべての人に平等に与えられてる。そして、ほぼすべての人に共通する望みは、幸せになること。だと吉澤は思う。

金持ちになりたければ「かね」そのものを好きになれ。という話をよく聞くが、にわかに信じがたい。

それでは同じく「幸せ」を希求する人が皆「幸せ」になれるか?
幸せの定義が「心」のあり方をいうのであれば、美輪明宏氏が述べるように「感謝」の気持ちを常に持つ。というのが正解だ。

家族が健康で仲良く。。。っていう「幸せ」
愛する人(ペット)とずっと。。。っていう「幸せ」
好きな金やモノを手に入れまくる。。。っていう「幸せ」
どれもいいけど
すべてに「感謝」ができて「幸せ」!
にかなわないよ。
「感謝」のきもちがあればきっと永く幸せでいられるよ。
吉澤もそうありたい、といつもいつも思う。

しかし。
世の中には「感謝」を抱くことっだけが散らばっているのか?
むしろ、その逆なのではないだろうか?

腐敗と不安と見えない恐怖、悲惨ないじめや殺し合いが充満する世の中そのものに、どう「感謝」すればいいのだろうか?
支配者たちによる争い、密約、談合が繰り広げられる今に!
人の命も、動物や自然の命も、モノの魂も粗雑に扱われる今に!
遠い国々で繰り返されるののしり合いと殺戮の哀しい連鎖に!!
すぐそこにある、年齢性別職業を問わぬ虐待、暴力、無関心に!!

「感謝」はもちろん無理。
情報をシャットアウトすればいいのか?
否!見ざるいわざるきかざる、はならざる!
無かったことになんてできない。
すべて、いま、ここにある現実なのだから。

「感謝」はできない。「我慢」すればいいのか?
それとも思いきり怒りの咆哮をあげよ!というのか?

そんな殺伐とした社会のストレスと戦う毎日に。。。
みんな「幸せ」を感じにくくなっているんじゃないだろうか?

あえてこういいたい。個人的な気持ちだ。

「幸せ」なんて簡単に手に入らないし、入ったとしても46時中入りっぱなしにもならない。むしろ出て行くばっかりだ。
「確実に手に入る幸せ」なんて言葉は政治家や宗教家にくれてやる。
「細く、永~い幸せ」もじれったいよ。

本当に欲しいものは、そんなに容易に手に入らないし、持ち続けることもできない。

だから、
それだけに。

手に入れた瞬間の喜びは、タマラナイんだよ!!と。
そう、働きまくった後の一杯のビールみたいなもの。。。
ってそこまで。。。

さて。
その「幸せ」の創世と獲得、そしてリリースのプロセスを味わえるのが、吉澤にとってはライブステージ。もちろん、音源制作でも味わえるけれど、ライブとは全く異質なもの。写真と実物の違い以上のものがある。

話はずいぶんそれてしまい。って、そもそも金の話なんて、不釣り合いな話題なんかするからだ。

金は墓まで持っていけないけれど、自分の音は墓に持っていけるさ。
そして、もし吉澤の音楽を愛してくれた人がいたら、その人たちの記憶の中にも残っていくに違いない。それこそが「究極の幸福」なんです。それ以上、何を高望みしろって言うんですか?

ご存知かもしれませんが、音楽界は昨今とってもキビシいことになってます。
それを言い訳に、アルバムを3年出してない。なんてもちろんいいませんが、無関係だ、ともいいません。
ライブに来てくださる皆さんと過ごす時間は、それだけに大変貴重なものだと思っています。
今年も始まってあっという間にひと月が経とうとしていますが、どうぞよろしくお願いします。

2月の営業日は6日、8日、9日、17日
6日、高田馬場hothouse(デュオ、サックス峰厚介)
8日、新木場ageha(午前0時すぎにフェンダーローズで一曲入魂)
9日、六本木のアルフィー(ピアノトリオ、ベース小泉P克人 ドラムス藤井伸昭)
17日、国立のfukusuke(アップライトピアノによる即興)

最後まで長々とご拝聴賜り。。。「感謝」
いや
多謝!!
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2009-07-30 04:48:26

癒し。痛し。

テーマ:Column
ちょっと前のこと。

世界逸産のメンバーと俳優のSさんとで
吉祥寺で飲み会をしたんだけど、
そのときの話題で印象に残ったのが、
「癒し」
について。

10年ぐらい前からかな。
癒しって言葉がまるで、
魔法の言葉のように使われるようになって...

ヒーリングミュージック、とかいって、
聴いただけで、
日々の迷いや疲れ、緊張などから
開放されるとか言われるようなものが出現し。

「癒し」
っていう言葉を聞いただけで、
ふわーっとした癒しのイメージ(?)に
救われたような気になって、
漠然と安心する人が増える。

そんな状況をつくりだして、
にんまりと、したり顔になっている電通関係者。
あるいは、霞ヶ関の誰か。

それらすべてに虫酸がはしる自分がいたりしたのだけど、
メンバーやSさんとその話題になったとき、
僕と同様、あるいはそれ以上に「癒し」
にアレルギー反応を示すみんなが口々に
「癒し」の周辺にまとわりつく悪意について意見を述べ、

それこそ漠然とした安心感に見舞われたのです。


「癒し」という言葉そのものに罪があるわけではなく、

それを大衆のマインドコントロールに利用し、
キャッチフレーズ化し、
何かと真剣に向き合ったり、必死に戦う気持ちを無力化し、
時にはあざける、
といったような時代的雰囲気をつくりだした、
野郎ども!に罪がある。

と僕は思ったわけです。


そのときの会話でふとひらめいたのですが、
「癒し」は、「痛し」
ってことばから発生したんじゃないのかな?
って思ったりもしました。

なぜなら、
「癒し」って言葉はまず病いだれだし。
なによりも、僕の経験上、
壮絶な痛み(精神的、肉体的含む)を乗り越えた瞬間に
訪れるものだと、思っていたし。

僕の場合。

いわゆる精神病
(たぶん、詳細に関しては、今後
このスペースをお借りして、
書くことになると思うのだけど)
を患い入院したことが4度あるのだけど。。。

その都度見た
おびただしい数の患者さんを観察してきた結果...

癒される。

てことは、本当に人それぞれで、
「あんたそれで本当にそれで癒されるの?」
っていう極悪な手口で案外癒される人もいるし、
自分で自分を癒すって高等テクニックも見たし、
あと、「痛み」そのものが「癒し」にトランスする瞬間も
見たり、経験したりもしたよ。

某本田珠也のように
ノイズとか爆音こそ癒し
だとか、
豪語するやつもいるし、

とにかく、
「癒し」
は人それぞれの隠れ家をみつける。
ってことなんだと思う。

自分だけが背負いこんでいる
「痛み」
をゆっくりと、
楽しく
おろしていく作業。
それ自体が「癒し」
なのだと僕は実感しました。

まずは、言葉に無責任にまとわりついた
変なイメージをリセットしましょう。。。


触れること。
気づくこと。
叫ぶこと。
泣くこと。
びびびっと感じること。
あらがうこと。
。。。。。。。などなど。


癒しが訪れる瞬間には、
もっとボキャブラリーがあっていいはずだな、
って思いました。
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2006-09-09 02:19:57

楽器は家電ではない(長文です)

テーマ:Column
数年前に、ある音楽読本に僕が寄稿した原稿です。
長文で、またカタい内容ですが、
少しでも、皆さんにこの現状を知っていただきたく、
再掲させていただきます。


楽器は家電ではない。
吉澤はじめ

80年代に入りサンプリングマシン(サンプラー)が登場して以来、
音楽制作現場ではドラスティックな変革がおこった。
それは音楽史上においても、蓄音機の発明、
あるいはブルースの誕生以来のエポックだった。

サンプラーとは、
楽器音を含めたあらゆる”音”を録音(デジタルデータ化)し、
そのデータを加工・修正した後、
鍵盤などの出力装置を使って再生する事ができる機械である。

もちろん楽器ではない。


同時期に登場したシーケンサーと呼ばれる機械を併用すれば、
過去のレコードやCDなどから、
名演の1フレーズ1ショットをコラージュするだけで、
音楽がつくれてしまう。
サンプラーやシーケンサーなどはコンピュータソフト化され、
パソコンの劇的なパフォーマンスの向上も手伝って、
今ではフルオーケストラ演奏の精巧なシミュレーションも可能になった。

かなり強引なたとえだが、
映像の世界でいうCGに多少近い技術だと思ってもらえればいい。
楽器を触った事のない人や楽理の知識が皆無の人でも、
自由に音楽をつくるチャンスが生まれた。
クソ理論にとらわれない、
自由な発想から生まれる新鮮な音楽も、
ここ20年の間にたくさんつくられた。

しかし一方で弊害も起きた。


産業革命によって、人の手作業が機械にとってかわったように、
スタジオではミュージシャンの代わりにコンピュータが確実に仕事をこなしていった。
どんな音痴な歌手の歌も機械の力で完璧なピッチに修正され、
流れ作業的につくられる退屈で没個性的な流行音楽があふれかえるようになった。

楽器演奏の技術を磨くよりも、
いかに制作環境(パソコン環境)を整えるかのほうが、
音楽家(?)になる為の近道になってしまった。


当然、音楽への愛情・知識・技術を持った
個性的なミュージシャンは激減した。
CG技術によって、
役者たちの仕事が奪われる未来を想像してもらいたい。

その中でも最も深刻な状況は、
楽器メーカーがまともな楽器をつくらなくなった事だ。


確かに、ギター・ベース・ドラムス・管楽器・弦楽器などに関しては、今でもちゃんとした楽器がつくられている。

問題は、鍵盤楽器だ。


サンプラーの登場によって、そのサンプラーの恩恵を最も直接受けたのは楽器を弾けない人たちだった。
そしてまた、鍵盤奏者もいち早くその恩恵を受けた。
鍵盤の構造がスイッチの構造に似ていたので、サンプラーとしてはうってつけのインターフェイスとなったのだ。

瞬く間に鍵盤楽器はサンプラーの再生装置として定着し、
いつの間にかデジタル・シンセサイザーという名の箱形機械になってしまった。
町の楽器屋においてある電子ピアノ等も、まさにこのサンプラーの再生装置に他ならない。
ボタンひとつで、ドラムやサックスなどあらゆる楽器音に早変わりするとても便利な機械ではある。

しかし全く皮肉なことだが、
鍵盤奏者が新しい技術の恩恵を受けた結果として、
逆に彼等から一番大切な楽器を奪ってしまったのだ。

その一例が、ここ30年近く打弦式鍵盤楽器が作られていないことがあげられる。


これはピアノの構造と同じく、
弦あるいは音叉などをハンマー等で叩いたりはじいたりする方式の楽器である。
フェンダーローズという楽器を御存じだろうか?
エレクトリックピアノの一種で60年代終わりから、
ロック・ポップ・ジャズ・ソウルを問わず、
あらゆるジャンルの中で頻繁に使われてきた楽器だ。
スティービー・ワンダーの"You are the sunshine of my life"や、ビリー・ジョエルの"素顔のままで"のバックで聞かれる暖かいコード・サウンドは、この楽器ならではのものだ。
電気楽器ではあるが、スイッチを切って演奏してもハンマーが音叉を叩いた音は、エレキギターと同じようにその場で鳴る。

他にも、ウーリッツァ、クラビネット、ヤマハCP70など、
いずれも個性的で魅力ある楽器が数多く作られていた。
サンプラーやデジタル・シンセサイザーが登場した80年代に入って、
国内はもとより世界中の楽器メーカーは、
コストがかかり大量生産が困難な打弦式鍵盤楽器の生産を中止した。

ここで、あえて筆者は唱えたい。
楽器は家電ではない、と。


時代の趨勢によって消え行くものもあるだろう。
便利になったり安い製品が作られることも、
悪いことじゃない。
しかし、
それがもし安直でチープな文化を生み出すことになるのだとしたら......
どうだろう?
ちなみに、30年前から作られていない上記の楽器たちは、
今でもばりばりの現役である。
もちろん中古である。
スタジオでもステージでも、
プライドある一部のキーボーディスト達は、
メンテナンスの大変なそれらの楽器を愛し、
かつ使い続けている。
アンチテーゼとして、或いはアイロニーとして、
ステージにラップトップのパソコンのみをおいて仕事をするアーティストもいる。

筆者自身はどうなのかといえば、
音楽制作においてコンピュータのお世話にならない日はない。
しかし、やはり本物の鍵盤楽器を弾く快感を捨てることは到底できない。
代替品は本物を似せることはできても、
超えることはできないのだから。
何よりも、
鍵盤奏者として最高の喜びは
本物の楽器を演奏することなのだから。
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