神話紙芝居「海幸彦 山幸彦」

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今日で6月も終わりです。明日から7月1日ですが、早いもので初詣から半年が経つのですね。毎年6月は春秋の大祭や11月の新嘗祭(にいなめさい)に次ぐ忙しい月で、金沢百万石まつりの参加にはじまり、5日は忠魂殿大祭(地区戦没者慰霊祭)、15日のはじかみ大祭(生姜まつり)と続くのですが、その準備には一ヶ月を要します。


そして今日は、午後4時より宮司を兼務する延喜式内・御馬神社で夏越大祓式を斎行いたしますが、初めての試みとして茅の輪くぐりをおこないます。そのことは明日のブログでご紹介します。


さて、当社にはこんな古びた紙芝居器があります。もう故人となりましたが、83歳まで老骨に鞭打って宮司をつとめ、私が大学を卒業するまで育ててくれた祖父や、37歳で早世した父の跡、神職資格を取得して禰宜(ねぎ)となったた母が、氏子の子供たちの前で神話紙芝居を上演したものです。


はじかみ神主のぶろぐ


私も、その遺志を引き継いで、神道教化の一環として節分祭での豆まきの後や、保育所園児を招いての七五三祭で紙芝居をおこないましたが、DVDアニメを上映をするより子供たちにはインパクトがあり、受けも良いです。


その際は、金沢東別院裏にある安江町の玩具卸(おろし)のエビスヤ商店 で糸引き飴を買って、子供たちに食べながら見てもらうのですが、デジタルなこの時代、アナログ的な紙芝居や昭和レトロの糸引き飴や水飴の方が子供たちは喜ぶものなのです!。


はじかみ神主のぶろぐ

今日は、3年前に書いた神話紙芝居のブログを手直しして再投稿しますね。


それでは、神話紙芝居「うみさち やまさち」をたっぷりとお楽しみくだされ!。


なお、画像はクリックすると全て拡大します。

                   
はじかみ神主のぶろぐ

むかしむかし、日向国(ひゅうがのくに=現・宮崎県)に、火照命(ほでりのみこと)と火遠理命(ほおりのみこと)という、たくましい二人の兄弟がおりました。


兄の火照命は海で魚を捕るのが得意で海幸彦、弟の火遠理命は山で猟をするのが得意で山幸彦と呼ばれていました。


はじかみ神主のぶろぐ

ある日、山幸彦が海幸彦にいいました。


「兄さん、一度、私の弓矢と兄さんの釣り針を取りかえっこしませんか。」


「いやだ。」


三度たのんでも賛成してくれません。そのうちとうとう取り替えてくれました。


はじかみ神主のぶろぐ

こうして、山幸彦は海幸彦から釣り道具を借りて、さっそく海へ釣りにでかけました。


しかし、どうしたことでしょう。いつまでたっても魚は一匹も釣れません、それどころか、


ググー


やっと大物がかかったとたん


プツン


何と糸が切れて、魚は海の底へ逃げて行ってしまいました。


一方、海幸彦もなれない猟をしてもちっとも獲物は捕れません。


家に帰ると海幸彦は「慣れたものがいい。さあ、道具を元に戻そう。」と言いました。


はじかみ神主のぶろぐ

「兄さん、大変なことになったのです。あの釣り針を海に無くしてしまったのです。」


「おまえがあんなにしつっこく言うから、嫌々取り替えたんだぞ。必ず探し出してくれ。」


山幸彦は仕方なく自分の剣をつぶして500本の釣り針を作りそれを渡しました。しかし、海幸彦は受け取ってくれません1000本の釣り針を作って差し出しましたがそれでも受け取ってくれません。


「ほかの釣り針が何本あってもだめなんだ。貸した釣り針を返せ。」と言い張るのです。  

     

山幸彦はどうしていいか分からず,泣きながら海辺に立っていました。そこに、白いひげを生やした塩椎神(しおつちのかみ)が現れました。


「どうして泣いておられるのですか。」


山幸彦は訳を話しました。


「それはお困りですね。でも、安心して下さい。私がよいようにはからいましょう。」


はじかみ神主のぶろぐ

そう言うと、塩椎神は竹かごを編むようにして小さな船を作りました。


「さあ、お乗りなさい。これで海の中へ行くのです。しばらく潮の流れに乗っていくと光り輝く宮殿が見えます。竜宮城です。宮殿の門のそばに井戸があります。その上の桂の木にのぼってお待ちなさい。海の神の娘があなたを見つけてうまくはからってくれますよ。」 


はじかみ神主のぶろぐ

山幸彦は、教えられたとおり船に乗って竜宮城へ行き、井戸の上の桂の木の上で待ちました。


そこへ海の神の綿津見神(わたつみのかみ)が、娘の豊玉姫(とよたまひめ)と共にやって来ました。豊玉姫がふと井戸の中を見ると、それはそれは立派な男の人が水の中に映っていました。


豊玉姫は思わず、父親の綿津見神に「お父様、井戸をご覧下さい。誰でしょう、とても美しい男の人が映っていますよ。」

綿津見神も一目見るなり、「オオー、この方は、日の神・邇邇藝命(ににぎのみこと)の御子でいらっしゃる。さあ、そのようなところにいらっしゃらず、どうか御殿にお上がり下さい」と、御殿に迎え入れました。


【注 釈】※ににぎのみこと(アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト)は、『古事記』では天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命。『日本書記』では天饒石国鐃石天津日高彦火瓊瓊杵尊と表記され、一般には瓊瓊杵尊や瓊々杵尊(ににぎのみこと)と書かれます。鹿児島県霧島山の霧島神宮にまつられています。


はじかみ神主のぶろぐ

綿津見神は山幸彦に沢山のご馳走をして、もてなしました。


やがて山幸彦と豊玉姫は結婚し、一緒に暮らすようになりました。


はじかみ神主のぶろぐ

山幸彦は豊玉姫と一緒に暮らし、いつの間にか三年が経ちました。


ある日、山幸彦は釣り針のことを思いだしふぅーとため息を漏らしました。


綿津見神は訳を尋ねました。命は、兄の釣り針を無くしたこと、どうしてもその釣り針をかえさないといけないことを話しました。


綿津見神は大きな魚、小さな魚を全部集めて言いました。


「この中に、命の釣り針を盗ったものはいないか。」


魚達は口々に言いました。


「そう言えば赤鯛がのどに何か引っかかって食べられないとこぼしておりました。」


赤鯛を呼んで、のどを調べてみるとそこにはあの釣り針が刺さっていたのです。こうして山幸彦は兄の釣り針を見つけることができたのです。


はじかみ神主のぶろぐ

こうして釣り針を取り戻すことができた山幸彦は、これをお兄さんの山幸彦に返すため、日向国へかえることになりました。


「とうとうおかえりになるのですね。」豊玉姫は淋しそうに言いました。


「それでは、あなたさまにこの二つの玉を差し上げましょう。もしお兄様が意地悪をしたら、青い玉をお出し下さい。洪水が起きて、お兄様は溺(おぼ)れてしまうでしょう。もしもそこでお兄様が謝れば、赤い玉をお出し下さい。水が引いて、お兄様を助けてあげることが出来るでしょう。」


豊玉姫はそう言って、山幸彦に二つの玉を差し出しました。


「さようなら」


山幸彦は皆に別れを告げると、釣り針と貰った玉をしっかりと持ち、大きなサメの背に乗って、日向国へかえって行きました。


はじかみ神主のぶろぐ

戻った山幸彦は、さっそくお兄さんの所に行って、釣り針を返しました。しかし、海幸彦は信用しません。


それどころか、「だますつもりだな。」と、剣を抜いて山幸彦に斬りかかって来ました。


「ワッ、あぶない!」


「よし、それなら」


はじかみ神主のぶろぐ

山幸彦は豊玉姫に教えられた通り、青い玉を取り出しました。するとたちまち


ゴォー


という海鳴とともに、海幸彦の回りに、海の水が湧き出してきました。


「ワァー、助けてくれ、このままでは溺れてしまう。」


あっと言う間に、海幸彦は渦の中に巻き込まれてしまい、どうしようもありません。


「もうこれ以上、意地悪はしませんか?。」


「はい、もうしませんから、どうか助けて下さい。」


「それなら助けてあげましょう。」


そう言って、山幸彦は豊玉姫に教わった通り、今度は赤い玉を取り出しました。するとどうでしょう、豊玉姫が言った通り、みるみるうちに、あたり一面の水が引いて行きました。


はじかみ神主のぶろぐ

「フー、助かった。これからは仲良く致します。これまでのような意地悪はもう二度としません。」


こうして、海幸彦は、山幸彦に心から謝りました。それからは、兄弟仲良く助け合って暮らしたということです。 


お・し・ま・い


〔その後の山幸彦と豊玉姫〕

ある日、竜宮城に残しておいた豊玉姫が山幸彦を尋ねてやってきました。


「私は御子を宿して生む日が近づいてきました。天津神の御子を海の中で生むことはよくないと思い、遙々やってきました。」


海辺で、鵜(う)の羽で屋根を葺いて産屋を作りかけたのですが、産屋が葺(ふ)き合えぬ間に、生まれそうになりました。


豊玉姫はお産の時には元の世界の姿にもどります。それで、山幸彦には産屋をのぞいてはいけないことを話しておいたのです。


ところが、山幸彦が、そっとのぞいてみると姫はワニの姿になって這(は)ってねりくねりしていたのです。


姿を見られた姫は恥ずかしく思い、御子を生みおいて海へ帰っていきました。こうして生まれた御子の名を鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)といいました。


めでたし めでたし


【注 釈】※うがやふきあえずのみことは、『古事記』では天津日高日子波限建鵜草葺不合命(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)。『日本書記』では彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)と表記し、宮崎県日南市の鵜戸神宮(うどじんぐう)にまつられています。


〔解 説〕

もう皆さんは気付かれたと思いますが、「浦島太郎」はこの神話を元につくられたんですね。


海幸彦と山幸彦は、天孫・ニニギノミコトとコノハナノサクヤビメの子供達です。


兄・海幸彦(ホデリノミコト)の嫌がらせで海に紛失した釣針を探しにいった山幸彦(ホオリノミコト)は、海の国で出会ったトヨタマビメと結ばれ、地上に戻って後、兄を降伏させます。


このトヨタマビメが出産する所を覗(のぞ)いたホオリノミコトはビックリします。巨大な鰐(ワニ=日本ではサメのこと)だったのでした。


姫はショックで海の国に帰りますが、産まれた子が心配だったため、妹のタマヨリ姫をお守りとして送ります。この産まれた御子がウガヤフキアエズノミコトで、彼とタマヨリ姫が結ばれて産まれた4人の子供の内の一人が、カムヤマトイワレヒコ、後の神武天皇であります。


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