極彩色(ごくさいしき)

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昨日、長田町公民館での講演のため、長田町小学校に隣接して鎮座する、親戚の長田菅原神社に車を止めさせてもらいました。


はじかみ神主のぶろぐ


この極彩色の長田菅原神社拝殿は、昭和33年に金沢市指定文化財となっております。


はじかみ神主のぶろぐ


長田菅原神社は、もと本馬所の天神と呼ばれ、現在地の向かいにあったといわれています。明治6年(1873)に社号を長田菅原神社と改めました。


拝殿は、柱間3間四方の正面に向拝(こうはい・ごはい)を付けた入母屋造・平入・銅瓦葺きの建物で、内外を漆塗りに加え朱を基調に彩色を施し、華麗な彫刻を付けています。もと金沢城北の丸にあった金沢権現堂(東照権現)の護摩堂を明治11年(1878)に移築したものです。


一方、尾崎神社 の前身である金沢権現堂は、寛永20年(1643)、4代藩主前田光高が建立したもので、設計は幕府大工の木原木工允(きはらもくのじょう)です。明治6年の神仏混淆(しんぶつこんこう)廃止により同7年尾崎神社と改められ、同9年金沢市丸の内の現在地に移転しています。


はじかみ神主のぶろぐ


平成元年には公の補助も得て、拝殿朱丹塗り復元工事並びに境内整備にも着手し、2年越しの工事の末、総漆塗りに復元されました。


また、平成14年には一千百年の式年大祭を迎えたことにより、その記念事業として総塗替えの復元工事や拝殿雪囲いの施行などを実施されました。


はじかみ神主のぶろぐ


社殿の内部です。


はじかみ神主のぶろぐ


象の木鼻(きばな)も総金箔押しです。


木鼻とは、木端ともあらわされる様に「木の端」を意味しています。複数の縦柱を横に貫ら抜いている柱(頭貫=かしらぬき)や虹梁(こうりょう)等の端に付けられた彫刻の事です。


はじかみ神主のぶろぐ


蟇股(かえるまた)の獏(ばく)も…。蟇股は、2つの横材の間にあって、上方の荷重を支えるために用いられる部材で装飾ともなります。カエルが足を広げた姿に似ているので、この名があります。


獏とは霊獣の一つで想像上の動物です。鼻は象、目は犀、尾は牛、足は虎で、体形は熊に似ているとされます。


これを見ると、鼻の形は同じで見分けられませんが、耳の特徴で分けることができます。獏は耳が上を向いて耳の穴が見え、象は耳が垂れているはずです。

はじかみ神主のぶろぐ


手挟(たばさみ)の芙蓉(ふよう=ハス)も極彩色です。


手挟は、向拝柱(ごはいばしら)の大斗(だいと)と内側垂木(たるき)の隙間をうめる操り形です。花や木、鳥、龍、獅子、鼠、亀、魚などの彫刻が施されます。


はじかみ神主のぶろぐ


拝殿向拝を側面から撮りました。


彫刻の意匠の素晴らしさがわかると思います。菊、芙蓉(ふよう=蓮の美称)、象、獏(ばく)、雀(すずめ)と山茶花(さざんか)、水鳥、鷹と大和松、水鳥と水葵(みずあおい)、鴛鴦(おしどり)と沢潟(おもだか)、雉(きじ)に竹など豊富で、いずれも彩色されています。


はじかみ神主のぶろぐ


神社参拝を終えて、長田町公民館へとやって参りました。


実は、この長田菅原神社のT宮司さんは、長田町校下社会福祉協議会の会長を兼務されているのです。高齢者のふれあい学習を目的とした「地域サロン」を開設されていて、その講師に呼んでいただいた訳です。


はじかみ神主のぶろぐ


高齢者の中に中学生の男子2人が混じっているのは、中学生の労働体験授業である「ワクワーク」事業に参加しているためです。


はじかみ神主のぶろぐ


約1時間弱、「金沢のしきたり再発見」と題して講演させていただきました。


はじかみ神主のぶろぐ


いつもは、おチャラケの笑い話交じりにしゃべるのですが、いつもお世話になっている先輩のT宮司さんの地元ですので、割と真面目な話に終始しました。


はじかみ神主のぶろぐ


終わって、ちょうどお昼時だったので、この長田町公民館近くの中橋町にある超人気店・麺屋達(めんやたつ) のラーメンを久しぶりに味わおうと思いましたが、何と、シャケ弁をいただいたのです。(感謝)


はじかみ神主のぶろぐ


弁当って、シャケ弁やのり弁のように、シンプルなのが一番おいしいですよね!。


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