「○○!」・・・・・何処からか名前を呼ぶ声が聴こえて来た様だった。

 

彼は今迄白河夜舟の世界に居たのだが、驚いて目を醒ました。

 

紛れもなく母の声の様だったが違ったかと安堵した。

 

気の所為だったと納得する様に気持ちが働いたものだった。

 

 

 

 

 

 

止め処もなく涙が溢れて来るものは如何したものだろうか。

 

高齢の母に代わって老人会の集会に出たものだった。

 

 

 

母の代行で出た集会で出された弁当、此の弁当を家に持ち帰り

 

家で待つ母と二人で半分ずつ分けて食べた。

 

彼に取っては二人で食した此の弁当が此の上無い御馳走だったに違いない。

 

其の記憶を懐かしく辿り、今一度と脳裏に焼き付けるのだった。

 

 

 

其処には今は亡き父から無言の侭、「母を大切にして呉れ」と託された思いを

 

引き継いで来た自分の不甲斐無さを嘆き哀しむ姿が有った。

 

 

 

 

 

コロナ禍の下、スタンドを略埋め尽くした某競馬場、観客の視線の先には一頭の

 

青い馬が騎手を乗せ バックストレッチをキャンターで流していた。

 

 

 

此の青い馬を管理する厩舎側サイドに寄ると青い毛色の馬が生れて来る事は

 

今迄無かったので何という毛色に属するのだろうかと今から期待しているとの由。

 

但し、この話を其の侭信じる訳には行かない。

 

何故ならば今日は四月一日で有るからだ。

 

 

 

 

中央競馬会の頭の固い爺さん連中は毛の無い頭を掻きむしって

 

『困ったもんだぁ、青毛は何故か黒い毛色をした馬だからなあ』等と考え込んでいるに違いない。

 

 

 

 

遣る瀬無い気持ちだった。今し方母を施設に預けた彼は此れで好かったのだろうかと

瞼の奥に光るものを拭おうともせず、過去の想い出を脳裏に描き悩んでいた。

幼少時代、寒空の下、母の背に負ぶわれ其の上から丹前を掛けられ謳う子守唄を耳にした

記憶が蘇って来る。

 

 

 

 

 

人一倍大切にして来た心算で有ったが会話が成立しない今と為っては

自分だけで背負って行くには限界が有った

炊事、洗濯、掃除と手を抜く事無くして来た心算だった。

遣る瀬無い残念な思いが其処に有った。

 

 

仕事に専念出来た当時が懐かしい。

其れは其れで結構忙しく寝る時間も惜しんで働いたものだったが、今の忙しさとは根本的に

異なるものだった。

 

 

趣味と実益を兼ねたもので有ったから苦痛に感じる事も無かった。

唯、萬年睡眠不足で眠くて仕方なかった。

四当五落、否、最早死語となった詞を肝に銘ずる事も有るまいと

三当四落を心掛けて其の日其の日を送っていたものだった。

ストイックな活き方は此の頃培われたものだろう。