喜早純也のアメブロ

恵比寿・代官山の美容室 belog chez vous
めちゃくちゃサロンへのこだわりがあります!
絶対にどこにも負けない美容室だと自信もって言える美容室であり
美容師をしています!


テーマ:
この前の「体罰論2」のブログにたくさんのご意見いただきました。

ありがとうございます!


あの記事でも書いたように
「一人一人の立場から思う意見」
これを出し合うことこそが大切です。

目線が違えば意見も違うわけであって当然です。

だから1つにまとめることなんてしようとしないで意見が残るような事を積極的に取り組んだ方が良いと思います。

僕にしてみたら
美容業的には何の集客性もないブログですし
むしろマイナス面もあるかと。。

賛否ある話ですから、それなりに勇気を持って話してます。

だけどやっぱり大事です!

僕は子供がいませんから偉そうなこと言えませんが、それでも若き子達を預かる身。

そして、若い子たちもこのブログをたくさん読んでくれています。

親御さんも読んでくださってます。

僕に興味持って読んで下さること、本当にありがたいですし、

だからこそ僕なりに素直に感じることや、直面していくであろう問題点

そんなところが何かのヒントになっていけたら
先の未来に準備できるかもしれませんよね。


当たり外れの意見としてではなく


強く生きて欲しいと願うならば
強く育っておく方が良いと思うのです。



なので
今回は「強く生きる意味」と題して、僕の目線で感じる事を書いておきたいと思います。



目線の話に戻りますが、誰の目線からの意見かによって大きく変わりますよね。

いつも体罰論となると
「体罰を受ける側」が主役に見えていますが、
それにまつわる影響も考えておかなくてはいけませんよね。

指導者が我慢とか、迷惑を受けている人が我慢とかだけでは済まされないことがたくさんあるはずなんです。


例えば

僕がめちゃくちゃ授業中にうるさかったとして
言葉での注意では解らずビンタで目が覚めたとしましょう。

その後の僕の人生はその時の作用によって様々に変わるでしょうが

本当に見つめなくてはいけないのは
僕のせいで授業を妨害されていた子達なんです。


それが一番優先されるべきことではないのでしょうか?

もしかしたら重要な箇所を聞き取れなかったことで未来が大きく変わってしまったかもしれません。

それをビンタ一つで空気が引き締まったり、
「あーあんな事をしてはいけないんだな」と教訓になったりもあると思います。


イジメにしても

被害者の人権と犯罪者の人権

被害者側の方が行き場のない思いに打ちひしがれているニュースをよく見ます。

ちょっと大袈裟かもしれませんが、被害者側の方にスポットを当てる所から考えていく様な声が増えれば、今よりももっと抑止力は高まると思うんですよね。

運転免許のビデオでお父さんが飲酒運転してとんでもないことになっていくドラマの様な。

先日のテレビでも見ましたが、「麻薬を持ってるフリを警察の前ですると捕まる」みたいな…

何かの事件を見て「これはまずい事なんだな」と気がつく子もいるのです。

気がついた側にとっては良い悪例だと思うんですよね。


「歩きスマホは罰金ですか?」


これに答えられることが大事なだけではなく、その事が「どう世の中に悪いのか?」を知らないといけない。

「ぶつかるからです。」の一言ではないんですよね。
もっと周りへの影響やこれからこの事も考えていかなくてはいけない。


だから同じように

「体罰がなぜ悪いのか?」

を明確にわかりあえないといけない。

だけど、
スマホならば理由はまだわかりやすいが、
体罰や指導の仕方においては明確に正解が見えにくいものです。


それは、「立場が違う」からですよね。


だから、いろんな声として言葉を交わしあっていかないといけないと僕は思う。



20年くらいでしかないですが、若い子を直で見て来ている立場として感じるのは、思っているよりも善悪の度合いを知らないです。


というか、ほとんどの子が体罰を受ける対象になる行動はしないでしょうが、「何が悪いことなのか?」を知らない傾向は増しているように思います。


SNSで変なことしてしまうのなんてその傾向ですよね。


というか、スマホ依存症だって「悪意」はなくとも今後の問題として大きくのしかかってくることですよね。

手元でいろんな世界と繋がっていますが、誰から見ても

「何しているのかわからない」

わけですからね。

これ本当に怖い事ですよ。。

まだ、態度が悪いとかならば目に見えているわけですし、「注意ができる」だけでもセーフな話ですよね。

そんな風に、体罰の良し悪しなんて言ってる場合ではないくらい
世の中の流れは自分たちの手で終えないくらい加速しているのです。

知らぬ間に「手元で」とんでもないことをしていることなんていくらでもあります。


かといって
僕は「体罰反対派」です。
「叱る」事すらも無くなりました。

いや、
必要悪だと思ってはいたけど、今は完全に「その方針の中で成果を見出す工夫をしていかなくてはいけない」

と思っています。

体罰とか叱ることで諭す時代ではないからもありますが、その社会の流れに順応しながら成果を出して行く会社となっていかなくてはいけません。

こういう意識も日進月歩で変わっていく事ですし、より精度の高いものと変わっていけるとも思っています。


と、それは曲がることなく突き進んで行くのですが

自分なりの個人的な考えとして思うのが、

「社会に出るまでに叱られることを経験しまくってきてほしい」

「そしてそれを反省し改善していく事を身につけておいてほしい」


とは思いますね。


学校にも親にも先輩にも友達にも他人にもです。

叱られた方が良い、ゴツンと殴られた方が良い。
殴り合って見た方が良い。

心にグサッとくる痛みを知り、感じてみた方が良い。

公園で知らない爺さんに怒られる事とか今じゃありえないんだろうけど

そういうのはすごく大切な事なはずなんです。

外に出たら何があるかわからないから。。


だけど今の子はお利口で、事前に常識をそれなりに持っているからあんまり悪いことがない。

いわゆる、怒られるようなシーンが非常に少ない。

あまりにも丁寧に育てられてるからもあるのでしょうが
そうして過ごしていると怪我に対する免疫がなく、何かあった時にパニックになりやすいんです。

社会に出るとアクシデントばかりが襲いかかってくるのに。。


かと言って、昔話を盾に

「僕らの時代は…」

とか言い出すのはもうダメなんですよね。

そもそもそんな時代の話は非常識なんだという認識を持つべきらしい。

んでも1つだけ忘れて欲しくないのは
当時若者社会全体が

「早く自由になりたい」

「未来は僕らの手の中」

尾崎豊やブルーハーツなどの曲も流行っていたり、どんなポップス歌手もそんな事を言っていた。

プリプリだってアイドルだって言っていた。

ドラマや本、漫画もそうだった。

野島伸司とかそんなのばっかだった。

大人からの圧力が嫌で社会に早く飛び出したかった。

20歳になれば自由だと思えていた。

一人前に認められたかった。



そうでは無い人もいるのでしょうが、今の時代よりもはるかにそんな風潮だった。

歳をとることがワクワクしていたのだ!


そこから社会に出た時

叱られながら成長するのは当たり前だった。


だけど、そんなことには慣れていて自分の成長が楽しく思えた。


大なり小なりそんな傾向だったように思う。



それが逆転した。


とにかく学校が緩くなった。

「ゆとり、悟り」

可哀想だけど、そんな事を言われる子たちの時代となった。。


学校の居心地は向上し、先生は友達みたいな接し方。

熱血教師ドラマなんてリアリティが無いから流行りもしない。


早く社会に出たいとは思えなくなった。



なぜならば
社会に出れば、「叱られるのは当たり前だろ!」と思っている僕たちのような鬼が待っている。


どうでしょうか。。

あれから何年も経ってきていますが、まだそんな感じに写っています。

でも、10年前くらいだとまだ社会が中途半端だったから、初代ゆとり世代は「本当はそういう社会なんだよな…俺たち甘いから…やるしかねーよね。。」と受け入れて行く形となっていましたが、今は違います。

「未だにそんな社風なの?」と白けた目で見ますよね。

ニュースでもたくさん取り上げられますが、ブラック扱いです。。


でもそれはそうなるに決まっています。

流れですからね。

僕が感じているのではなく、
若い子たちに聞くとそんな風に言っているのですからね。


そして、意外にも
そんな弱い自分たちを「情けないよなー」とは思ってはいるんですよね。


一部ではあるのでしょうが

「遠慮なく叱られたい」

とね。

テレビでも見ますよね。

「叱られたい派」の子達を。


僕は思う、こんな時代にそんなこと言える子って真面目なんですよ。

すごく素敵なんだけど
その真面目さが裏目にでることも多い。。

実際に叱られた時に受け止めすぎるんですよね。


真面目だから真剣に考えすぎる。


結局のところ慣れてないんです。


過去の例をみても、叱れば逃げていきます。

本人の意思とは別に、体が萎縮します。


「叱る」と言っても
めちゃくちゃ軽くです。

もはや「注意」です。

それでも嫌がります。。


そうなると、
仕事が怖くなってしまいますし、コミュニケーションを遮断してしまうんですよね。



中には強い子もいます。

バシッと伝えてしまった方が好きだったりしていると話は早い。

強い子は強いのでそれはそれで良いのですが、

弱いのがダメとかではなく

威圧的なことが、逃げてしまう理由なんだと100%理解してあげないといけない。

威圧的なことでなんの解決にもならないってこと。

そして、存在自体が威圧的でもあるんだと。
(僕もこの立場だし威圧感あるでしょうからね。)



だから一律、威圧なし活動で進めています。

先輩にも「怒るの厳禁!!」で社風を固めています。

先輩も大変ですが、それが正解としてカスタマイズしていくべきなんです!




どうでしょうか?


社会に出るのが怖い

社会が難しい

社会で通用しない自分は情けない

かと言って叱られたりすると逃げ出したくなるし
逃げ場も簡単に用意されている


本当はみんな強く生きていたいんです。

きっと本能でしょう。

強くないと生きていけないというのは動物の持つ本能ですからね。


だけど、甘さはどんどん強さを無くしていきます。




しかし、ここで大きな問題に直面するのです!


会社がどれだけ甘くしても、ビジネスにおける消費者の目は厳しさを増している!


これはもう決定的ですよね。

美容師で言うならば、
練習している子と練習していない子ならば
どっちに切ってもらいたいか?

当たり前の選択となります。

医者ならばさらに…

会社間の取引だって同じ。

公務員でもそうでしょう。


そういう厳しい面に直面しますよね。


また他にも

例えば、お客様の中に威圧的な方がたまにいたとします。

通常以上に怒りの表現が激しい人もいます。

自分たちに非があるからこそ当たり前ですが。


注意された時にめちゃくちゃ落ち込むんですよね

ちょっとした事で対人恐怖症にさえなります。


理不尽なお客様であれば、こちらとしてもお断りすることはあれど

自分たちに非がある事がほとんどなのでとにかく落ち込む。。

真面目な子たちだから尚更です。。


さらには、いつもは優しい人に少しでも注意されたりしたら…

1人で悲劇のヒロインになってしまうことはよくあります。

ちょっとしたことでも気にする子は気にしちゃいます。

例えば

「誰々さんの方が良い」

的なニュアンスの一言が聞こえただけでもめちゃくちゃ落ち込む。。

人の目が気になる。

人からの評価が怖い。



学生時代にそんなシビアにジャッジされていないからでしょうが(というか、belog のレベルが高いからなんだろうけど)

慣れてないから受け止められない。。

どう処理していいのかわからない。。


そうなると

その後ビクビクして仕事のクオリティが曖昧になる。。

さらに悪循環。。



ありますよね

これまた大なり小なり
自信喪失ってのはなかなかしんどいです。。


だけど、なぜか若い子たちは何の実力もないうちから「できない事を受け止めない」ところがあります。

まだ1日目なのに、「まさか、自分ができないなんて。。」「自分はダメなタイプなんだ。。」
と思ってしまう事がめちゃくちゃ多い。

belog の試験で受付の応対を覚えてもらうのですが

それがすぐにできないだけでパニックになる子もいます。

なかなかそんな場合だと合格にはなりませんが、
できない事が受け入れられない子は多いんですよね。


そんな華奢なハートは仕方ないのかもしれませんが…

お利口な育ちがそうさせている部分がたくさんあるのでは無いでしょうか?


僕からしたら注意だろうと怒りだろうと、


ドンドン言ってやってください!!


てな気構えです!!!!


昔の先生はこんな風に言ってましたね

はぁ?
お前ら!!自分の都合ばかり考えてんじゃねーぞ!!
お客様は選ぶ権利があるんだぞ!!
自分だって何かを選ぶときには辛口ジャッジなんだろ!!
それにジャッジされるのが怖いとか??俺らはそうして他の美容師よりも上だと思っていただけることに尽くす事が使命だろ!!期待を裏切ったと思うならば二度とそうならないように腕を磨け!!精神を鍛えろ!!
悪評価があったのならもっと腕を磨け!自分を磨け!!ビビってる暇があったら、お詫びの気持ちでものせて自分磨きに時間かけろや!!
それが俺らの選んだ職業だろ!!!


はい、おっしゃる通り。


でも、今はこんな事を言ったらおしまいです(笑)

んでも
僕はそう自分に思っていたし、それがお客様への約束だとしか思えてない。

16歳にはそう思っていた。


本人たちも理屈ではそう思っている。

自らそう言ってきます。


だけど、弱くなりやすい。。

昔と今との違いってなんなんだ?


体は人間なんだから
打たれ強さも同じだけの力あるはずなのに。。

不思議です。。

僕はわざとスタッフには関西弁で少し言葉癖悪く話しますが、それも耳慣れさせるための1つです。

叱ることはしなくても
強い語句とかに慣れさせて行くための工夫は必要かなと。

関西人に対して免疫ない子とかいますからね(笑)


「泳げないからプールサボらせてもらいましたー!」

と平気で言う子が社会という荒波で生きていくためには

顔に水つけるところから始めてあげないと!


そんな感じで工夫はしています。

なかなかうまくいかないところありますがね。。


僕の使命は美容師として

「自分の力で切り開き生き抜いていける力を身につかせていく事!」


そこだけですからね。

会社の経営よりも
それが第一の集まりです。


それに対し、リタイアあるのは当然だし
みんなで和気あいあいだけでは未来保証は約束されません!

上に合わすか?
下に合わすか?


今は新人たちの居心地に合わせた会社づくりをしています。その中で育て上げることをしなくてはいけないし、彼らに罪があるわけでは無いんです。

それでいながらもお客様へのレベルは絶対に下げません。

それを作るのが僕の仕事です。



みんなに言うのです


こんなにも軟弱と言われている世の中ならば

少し頑張っただけでかなり前に抜きでますよ!

周りがめちゃくちゃ強い時代だと、ちょっとやそっとじゃ勝てないでしょう!

こんな時代の方がチャンスがでかいよね!


と。


こんな楽な時代なんだから

時代に反して
己をめちゃくちゃ鍛えるべき!!

叱られるのを求め、全てを栄養分に変えられるようになった方が良い!!

少なくとも僕はそんな感じなので、めちゃくちゃ伸びる!!

ダイビングの話もそうですが

ボクシングもめちゃくちゃ怒られます(^◇^;)


プロ目指してねーつーの!!!(笑)


んでも

絶対に強くなりますよね。


勇気を持って自分に厳しく生きてみると絶対に勝ちやすいと思う!



そう考えたら

子供のうちから善悪の区別をたくさん体験させ、人に迷惑をかけたりしたら叱られるんだってことにも慣れさせておき、
それを自力で改善していく力を持たせていけば
余裕でこの社会で勝てたりしませんか?

体罰も受けてるくらいの方が大人になった時に楽でしょう。

下品な発想かもしれませんがね。


「未来に何をしたい」とせっかく持っていても、ちょっとしたことで夢終わる。

夢や環境とは別に、自分のハートの弱さのせいで…

継続力や根性や打たれ強さ。

今では死語なんでしょう。

でも、そんな人がビジネス社会では認められてしまっている。

選ぶとしたらそういう人を選ぶこととなる。


力強く生き抜いてほいと願うならば、周りの戦力が下がるような社会を望むよりも、強くなってしまった方が良いですよ。

強さは余裕を生み、強さは優しさを振りまけます。

「強く生きる意味」

本気で考えてみてほしい


ブログ読んで下さる方にも
最高の人生を生き抜いて欲しい!

belog chez vousは強く生きていますよ!

みんなで強くなって余裕を持って
たくさんの人を幸せにしあいましょう!

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