22:00 帰宅。


玄関の扉を開けると、物音ひとつしない沈黙の世界がそこにある。息子と話せない事が残念でならないが、生活するためには仕事をしなくてはいけないと自分に言い聞かせる。


と、その時。寝室の扉がガチャリと開き、「タタタッ」と小さい影が飛び出してくる。おや息子よ、まだ起きていたのかい? どうした、寝付けないの?


足元に絡みつく息子を小脇に抱え寝室を覗いてみる。息子を寝かせつけようとした妻が息子に寝かせつけられている。すっかり熟睡しているようでピクリとも動かない。


寝室の扉をそっと閉め、息子とリビングへいく。息子を椅子に座らせ着替えをしていると、「ねんねしよー。」という息子の声。先に寝るよう促すが全く言う事を聞かない。


「じゃあお父さんお風呂入ってくるから先に寝ててね」と言い回しをかえてみると息子は椅子から飛び降りリビングから出ていった。「上手くいった、なんだかんだいっても子供だね」なんて思いながら洗面所へいくとお風呂の前に息子が立っている。


「はやくはやく」とせかす息子。「そこでまってるの?」と聞くとコックリうなずく。公衆トイレで後ろに並ばれた時の圧力を受けながら仕方なくお風呂へ入る。


適当に体を洗って出てみると、もうそこに息子の姿はなかった。さんざんあおっておきながら先に寝るとはけしからん。息子を探しに寝室へと向かう。


すると薄く開いた扉から光が少し漏れている。みると煌々と明かりを灯した電気スタンドを母さんの顔にグイグイ押し付けている息子がいた。それはまさに取調室でよく行われているアレだ。


母さんの眉間にはフィヨルドクラスの深い溝。放っておくと「カツ丼でも食うか?」とか言い出しそうな勢いなので慌てて息子を連れ出す。息子よ、お前は本当に何をやってんだよ。


いいか、よく聞くんだ。母さんはお仕事で疲れているんだよ。会社から帰って一息つくまもなく、ご飯を作ったりお風呂を洗ったり掃除したり。分かるかい?


母さんは大切な人生の時間を、お前や父さんのために使ってくれているんだ。そしてクタクタなんだ。だから母さんを無理矢理起こしちゃダメだよ。わかったかい?


もし母さんが起きちゃったら父さんがクタクタになるだろ。

息子よ、父さんイヤな噂を聞いた。アパートの西側に道路があるだろ。その道を北に向かって1Kmほど行くと交差点があるんだ。交差点の角には築数十年の平屋建てがあるそうだ。


交差点を上空から見下ろし、北を上とした場合、平屋建ては東南の角にあるんだって。わかるかい? まあ分かっても分からなくても父さん勝手に話を進めるからいいけど。


そのあたりは夜も11時を過ぎると、自動販売機の明かりがある程度で、ほぼ闇に近い。車で交差点を曲がっていくと、進行方向の景色が一瞬ヘッドライトに映し出され、すぐ闇に溶け込んでいくんだ。


息子よ、ここから更に細かい状況説明にはいるから、よっっっくと考えるんだぞ。西側から交差点に進入し、南側へ走り去ろうとした場合、(いわゆる右折だね!)平屋建ては運転手の右斜め前方ということになるだろ。


つまり夜にそのルートを走ると、平屋建ては一瞬だけヘッドライトに照らされる事になる。言い忘れたが平屋建てはずいぶん前から空き家だそうなので、ヘッドライト以外の明かりはない。


その平屋は玄関の戸が引き戸になっていて、戸のなかほどに郵便受けがついている。車が右折してヘッドライトの光にその戸が照らされたとき、郵便受けが一瞬光って見える。


「何かな?」と目を凝らすと、家の中から誰かが外をのぞいているんだって。郵便受けから2つの目玉がキョロキョロキョロキョロ外を見ているんだってさ、空家なのに。


どうだい息子よ。怖くないかい? 父さんコワイ。何がコワイって毎日その道を行きも帰りも通っているのに平屋がある事に気付いてさえいない自分がコワイ。


息子よ、父さん今からちょっとだけ見に行ってくるね。もし父さんが帰ってこない時は、とりあえず母さんと父さんの実家に連絡するんだ。いいね、わかったね。

かなり久しぶりにINした。トップページを見てみると「メッセージがあります」という赤い文字。なんだろうと早速赤文字をクリックすると、受信箱へと画面が変わる。しかし肝心のメッセージがない。代わりに「60日以上チェックしないと勝手に削除されます」みたいな文脈の文字が浮かんでいる。3回読み返してみてメッセージが削除された事を理解した。


メッセージを頂いた方には大変申し訳のない事をしたと反省している。今後このような失礼のないよう十分注意をしたい。


と、息子が言っています。