こんにちは!

 

ダイアモンドスキン宝石白を育む

 

 

育肌(はぐはだ)セラピスト

古川幸子です。

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ5話目、折り返し地点です。(笑)




 

昨日までのSTORYはこちらから
 

1話 ~長女として生まれて~自由奔放な保育園時代 

https://ameblo.jp/hahagu/entry-12370006580.html

2話 ~小学生寂しさあまって悪ガキに~寂しさと我慢の6年間

https://ameblo.jp/hahagu/entry-12370304269.html

3話 ~中学生になり誰もが認める優等生に~無視から学んだ経験

https://ameblo.jp/hahagu/entry-12370532017.html
 

4話 ~電車通学で花の進学校へ~初めての挫折

https://ameblo.jp/hahagu/entry-12370804594.html







今日は大学生になったお話から。









県内の大学に入って、花の大学生活が

始まりました。








通学がとても不便な場所だったので、


春休みに原付の免許をとりました。







そしたら、父が



「原付は危ないから電動付き自転車


にしなさい。」


と急に言い出し、








電動付き自転車で40分ほど


かけて通うことに、、、、ショボーン









「え!!!なんで!?原付で

行きたかったのに!!」プンプン








とその時は父を恨みましたが、









今自分が娘を持つようになって






父が私を心配してくれた気持ちが

痛いほどわかります。








お気づきかもしれませんが、






私はずっと父が嫌いでした。








STORYに母のことは


出てきても、父の話あまり


出てきてませんよね、、、








理由は




「お父さんはいつも大好きなお母さんを

困らせている」ムキー





そう思っていたからです。








父は私が小学生くらいの時から


働いたり働かなかったり。







家にいることも多くありました。








思春期だった私は



「お父さんが家にいるのは恥ずかしい」



そう思っていました。










中学、高校時代は本当に父とは距離が


あり、










「お父さん大嫌い」



そんな日々でした。








そして大学生になって、

 

すこし私が大人になって
 

父とまた話すようになりました。








大学は中国学科だったので、

 

中国語を学ぶ日々。












短期留学を経て、長期で留学に行きたいと

思うようになり、大学4年生の時に中国の

杭州にある浙江大学に通うことを決めました。








今思うと、私は「やりたい!」と

 

決めたことを

一度も父と母から反対されたことが

 

ありませんでした。







「やりたい!」と思ったことは、

 

全てやらせてもらってきたし、






「やりたい!」にはお金が必要

 

だったけれども、いつも何も言わずに

 

ぽんっと母が出してくれました。







父が働けていなかった期間が長いのに、

 

母はどうやって

お金を工面してくれていたのか、

 

未だに謎ですびっくり








中国に1年間留学する時、

 

空港へ送っていって

くれたのも父でした。






母は仕事があったので。







車の中で、私が小さい時家族

 

みんなで旅行に行った話とか、

 

色々しました。







父は私のことをとても愛してくれていた。







そんな父を長い間嫌いでいた自分を


少し反省し始めたのもこの時期でした。






でもなかなか素直になれなかったえーん






いよいよ中国での留学生活が始まります。


 

現地では現地の人と化していましたニヤリ



長くなってしまったので、続きは5.5話で

お伝えします!





⇒第5.5話
https://ameblo.jp/hahagu/entry-12371061089.html

~中国での留学生活~
中華料理がおいしすぎて妊婦さんなみに太る

中国で知ったコミュニケーションの面白さ