こんにちは!

 

ダイアモンドスキン宝石白を育む

 

 

育肌(はぐはだ)セラピスト

古川幸子です。

 

 

 

 

 

 

 

 

とうとう4話目
そろそろ、「もういいわ!」と飽きられて
いるころでしょうか?(笑)





続きが気になる方も少数はいるかと
思うので、続いて4話目いきますね!






昨日までのSTORYはこちらから
 

1話 ~長女として生まれて~自由奔放な保育園時代 

https://ameblo.jp/hahagu/entry-12370006580.html

2話 ~小学生寂しさあまって悪ガキに~寂しさと我慢の6年間

https://ameblo.jp/hahagu/entry-12370304269.html

3話 ~中学生になり誰もが認める優等生に~無視から学んだ経験

https://ameblo.jp/hahagu/entry-12370532017.html







高校は県内でも有数の進学校へ
入学しました。





なんせ中学校では優等生
内申点も43びっくり




当日のテストもほぼほぼできた。








それは受かりますよね。










定期券を持って、電車通学という
高校生活が始まりました。








でも、そこで待ち受けていたのは







挫折









当時長距離走が好きだった私は
陸上部へ入部しました。







朝も、帰りも部活に明け暮れ






そして、どうしてかわからないのですが、
勉強にはあまり身が入らなくなりました。








中学生の時は、あれだけ満点を取ることを
目指していたのに、高校に入ったら
まぁまぁひどい点数を連発ガーン






テストの順位も、後ろから数えた方が
早いくらい悪くなりました。(!!)








もちろん、進学校なので、みんな
中学校ではいい成績をおさめていた子が
集まっていたことはありますが、
高校の時の成績は本当に悲惨でした。








当時覚えているのは、母がその成績に
関して何も言わなかったことです。







「いい点数を取ったら褒めてくれる」



と思っていた私でしたが、











「いい点数を取らなくても、大丈夫」

 

 

 

でした。








母は私がいい点数を取ることを喜んでくれる
と思っていましたが、そこはあまり
重視していなかったみたい。




初めての挫折を経験した私

でしたが、あっさりとそれを

乗り越えることができたのは、

母のどんな私も受け入れてくれた

大きな愛でした。

 

 

 

 




毎日陸上にあけくれる私を








「好きなんだねぇ」と笑顔で
応援していてくれた記憶が蘇ります。









高校生の時は、同じ陸上部の年下のM君に
恋をしていましたラブ







結局想いを伝えることなく卒業。






今思うとなんてピュア!!!










可愛らしい淡い思い出ではありましたが、
15年後くらいに再会したM君はすっかり
おじさんになってしまっていて、がっかりショボーン






あるあるですね。





高校一年生のクラスで

仲良くなった6人組は

大人になった今でも

子供を連れて集まったりするほど

 

 

 

 

仲良しチュー

 

 

 

 

 

 

かけがえのない友達が

できました。

 

 

 

 

 


担任だったY先生

(本当にYと呼ばれていたんです。)

結婚式に来てくれたり、

毎年一度は会ったり、

ずっとお世話になっています。

 

 

 

 

高校の卒業式に飼っている

犬を連れてきたりして、

ちょっと変な先生でしたが

大好きです。

 

 

 

 

 

でも今はご病気になられていて

ここ何年も会えていません、、、ショボーン

 

 

 

 

 

私が高校生だった時から

もう20年以上経っています。

 

 

 

 

月日が相当流れたのを

感じます。

 






高校生の時は陸上ばかりしていて
勉学を疎かにしていた私でしたが、

なんとか大学生にはなれましたニヤリ

 

 

 

 

 










続きはまた明日









大学生  ~中国での生活~

コミュニケーションの面白さを知る



 

 

お楽しみに~~!