「生まれながらの人」この妙な言葉の意味は何であろうか。

聖書に出てくるのだが、英語ではナチュラルマンと書かれる。

自然な人間、では意味が分からない。

生まれながらの人間は神の敵であるとも言う。

野生の人間というのでもない。

 

日本語ではぴったりの言葉がないのかもしれないが、いろいろ考えてみた。

「自然と」「自然に」「自然な」という表現がある。

自然の法則は、高いところから低いところへ、軽いものは上へ、重いものは下へ、「自然と」行く。

人間も自然の欲求のままに倣えば、楽な方へ惰性、慣性で行動するものといえる。

顕著なのは白砂糖や精白された穀類を常食する場合だ。

そういった食事に慣れると腸と腸内細菌が怠けてしまい、「自然と」そういう食事を体が要求するようになる。

健康になるためには体の自然イコール身勝手な要求に対し、逆らうことが必要になる。

 

残酷で差別的なことを言わせてもらう。

人間は母親から生まれるので、自然のままだと母親のように育つ。

母親が健康管理がいい加減で不健康だと、子供もそのように育ってしまう。

自分の父はまったく健康管理の出来ない人間だが、母はかなりしっかりしている

自分も健康管理は、誰かに言われるまでもなく良否はともかくやってきている。

これは母の影響が大きいのだと思っている。

みごとに自分の妻は健康管理が出来ず、子供たちも全員健康管理がうまくない。

なぜみんなそんなに体が弱いのかと、自分の子供ではないかのように思うほどだ。

生まれながらのままだと、そうなるのは自然なのだろう。

 

人は生まれながらの人を棄てなければならないという。

健康管理に関して言えば、まったくそのとおりだ。

自然、言い換えれば惰性で生きる人間は、言われるままにワクチンを打つなど、自分で自分を管理できないわけだ。

「生まれながらの人」は別の言い方をすると、「自己管理の出来ない人間」かもしれない。

 

カトリックなどは原罪と言って人は生まれながらに罪があると説くが、生まれながらの人はそんな意味ではない。

こういう意味をはき違えたことをするから世の中が堕落する。

 

もう一つ付け加えると、生まれながらの人とは、「努力のベクトルのおかしい人間」だと思う。

自分の感情の赴くまま、つまり自然のままだと、気に入らないことがあると感情を爆発させ、仕返しと罵り、揚げ足取り、言葉尻を捉えることに全力を費やしはするが、最良の道を選び、問題解決に全力を尽くそうとはしない。

もっと分かりやすい表現はこれだ。

「生まれながらの人」とは「火病の人間」である。