中国に「EV墓場」 スマホのように気軽に車を買い替えたその先に…【グッド!モーニング】(2024年4月29日)

ANNnewsCH

 

2023/09/28 : 中国・浙江省で撮影された映像。大量のEV=電気自動車が放置されている。中国では電気自動車が急速に普及する一方で、「負の遺産」ともいえる「EV墓場」が問題となっている。

 

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中国人の経済行為が、なぜ同じパターンを繰り返すのか?

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私は中国人というのは、本当に学習しない人たちだと思うと同時に、とても自分本位の行動類型なのだと追っている。

彼らにとって、「経営」という感覚が、根底からないのでしょうかね。以前のレンタル自転車・学習塾・無人コンビニ、規模が大きくなってEV、それ以前に高速鉄道、高速道路など、合理的な経営感覚が皆無と言ってよいだろう。常に過剰投資、競争激化、諸ピングモールもそうだし、高層ビルも、採算性度外視・・・・

このシナ人的感性は、日本人にも、欧米の人にも理解できないだろう。

近眼的経営というか、思いつき企業化、その時一発設けられれば良いという発想でしかない。

中国4千年と言いながら、何一つ経済集団として継続しているものがない。唯一生き残っているのが『専制的支配体制』という形態。それを中華思想として誇る以上、民主主義は実現しない。

中国に手を出したのは、蒙古族であり、満州族であって、近代になってアヘン戦争、日中戦争とであって、日本は中国を見誤ったと言えるだろう。

福沢諭吉の『脱亜入欧』は、日本の本来の基本であったのを、東亜開放に走ったのが、誤りで、アジアについては、松下戦略でよいのだ。基本的に半島と中国は「脱亜」でよい。

 

基本的に思考構造が違うのだから、理解させるのは無理だし、コンプレックスが根底にあるから、まともにはなれない。怨念で生きる人たちに、物言うことはない。

 

中国と朝鮮には、なぜ「武士道」や「騎士道」が生まれなかったか?

アメリカのカウボーイとかも、その「類」に入るかな。精神構造が、日本人とは異なるから、福沢諭吉の教えを守ればよい。彼らは彼らの論理で動くだけであるから、基本はかかわらないことにつきると言える。論理が異なって、理解しあえる接点がないのと、倫理観が異なる。

身内の倫理=二重倫理で、身内と外とを使い分ける。ヤクザがその典型だ。

経済行為で眺めれば、「目的が手段を正当化する」という事だ。

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経済行為においても「武士道」のような『商人道』が、生まれています。井原西鶴の「日本永代蔵」などは当時の商人たち。経済行為の教科書みたいな事例集です。二宮尊徳とか鈴木正三とか石田梅岩など、「日本資本主義の精神」を説いた町場の知識人、武士階級の知識人たちが、経済行為の中に「道徳実践」をもちこみました。

ウェーバーが「資本主義の精神」をプロテスタントの意識に見出して、彼らの経済行為の合理化を図った後付けをしましたが、日本にもその系譜は生まれていたのです。

 

現代の日本人も、江戸時代の系譜をひいているのですね。日常生活の中にそれらの「心理的影響」=エートスとして体現されているのが、日本人です。

*奈良の鹿に対する中国人の振る舞い

*靖国神社での冒涜行為

これらは、彼らの精神性を表していて、儒教すらも現代では有効に機能していないし、中国人の精神性の低下、劣化を表すものでしょう。韓国における反日行為と日本蔑視の行為も、同じレベルにあるでしょう。

それで彼らは、当たり前と思っている精神性が、経済行為に現れたときに、どうなるか。つまり、経済の調子が良い時は、そのように振る舞っても、「愚かさを」表に出しているに過ぎないのですが、いったん景気が悪くなったときに、回復するための『努力度量・工夫』につながるでしょうか。

つまり、景気の良い時は、そのような行為は、批判はされても、中国や朝鮮の経済に、さしたる大きな影響は出ないでしょうが、落ち目の時には誰も助けてくれなくなるのは当然でしょう。

朝鮮も中国も廃仏運動がありましたから、中国の高僧が日本に来たのは、今の金持ちが日本に逃げてくるのと同じでしょう。

問題は、中国の経済崩壊後の回復の可能性の問題なんですが、これはロシアも同様です。

ロシアも中国も、朝鮮も、「近代化」のプロセスを経ていないのです。「合理的思考」を生み出さないで歴史を続けてきた。「自由」と「自治」の経験を持たない歴史です。これは一つの「悲劇」でしょう。

「ピューリタン革命」「フランス革命」「アメリカ独立戦争」の流れを汲む「革命」が起きていない。

日本の明治維新は、日本的にその流れを汲みとっています。日本には福沢諭吉や渋沢栄一や、多くの革新者がいたわけです。だが、中国や朝鮮、ロシアもそのような人物を生み出せないままです。

 

「ロシア」「中国」「南北朝鮮」の共通項は《不自由》です。「思想の自由がないこと」これに尽きる。

韓国が真実の歴史を理解できたときに、呪術から逃れて、真の自由を得るかもしれない。自国の歴史が理解できない限り、どのレベルにあっても「北」と同じレベルでしかない。

三国ともに根底にあるのが「ルサンチマン」(怨念)です。↓

ルサンチマン - Wikipedia

ルサンチマン: ressentiment、 (フランス語発音: [rəsɑ̃timɑ̃]) )は、弱者が敵わない強者に対して内面に抱く、「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった感情[1]。そこから、弱い自分は「善」であり、強者は「悪」だという「価値の転倒」のこと[1]

→ニーチェは、ルサンチマンを抱く人間を自発的に行為する力を無くしたという意で、「弱者」、「奴隷」と呼んだ[5]

卑劣な行為でうっぷんを晴らす・・・鹿を叩いたり、靖国に落書きしたり・・・

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言い換えると、国民全体にこのような感情を抱かせて、自分の権力を維持し様としたりすると、人民は難局に立ち向かわずに、逃げるのだ。難局に立ち向かう勇気を持たない行動になるから、『ずるがしこく』振る舞うのだ。権力者には胡麻をすり、弱には威張りちらす。奈良公園の鹿への中国人行動は、まさにこれ。

韓国の反日行動も、これです。歴史を知る勇気がない。

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人民にルサンチマンを植え付けているのが、「反日」を叫ぶ思想にあると言える。