ダライラマ「愛と非暴力」(春秋社)より日々一題


<私>が幸福を獲得するために、すべての人々を利用してよいのか?それともすべての人々の幸福のために、私を利用してもらうべきなのか?(P39)

無限に存在する人々のために<私>が利用されることは正しいことです。たった一人の他の人々が利用るというのはまったく間違いです。利己的に他の人々を利用できたとしても、決して幸福は得られません。反対に、たった一人の存在である<私>が、他者のためにできるだけ貢献し、奉仕するならば、こうした行為は大いなる喜びの源となるでしょう。こういう心がまえをもってこそ、他の人々への真の憐れみの心と慈しみそ養うことができるのです。(p39)


この言葉は<生きる>こと、幸せに生きることのために言われている教えです。

みんなが幸せになるために<私>が利用されるならば、<私>も幸福でいられる、ということを教えている。

では、これを現実の毎日の中で考えたら、どうなるか。

<幸福>という言葉を<お金>に置き換えて考えてみよう。

”私が<お金>を獲得するために、すべての人々を利用してよいのか?”

”すべての人々が<お金>(を獲得する)ために、私を利用してもらうべきなのか?”

さあ、どうだろうか。