羽衣劇・感想 | 羽衣つたえ隊

羽衣つたえ隊

静岡県立大学国際関係学部の教員と学生が、自ら制作にかかわった能「羽衣」の絵本をつかって、羽衣のお話を子どもたちに、国内外に広めていく活動です。


テーマ:

(※この記事は、2018年1月30日にFacebookに3回にわけて掲載したものを1つにまとめたものです。長文になってしまったので、こちらにまとめて改めて掲載させていただくことにしました)

 

こんにちは、教員の鈴木です。
公演から5日経つのに、まだ幸せの余韻に浸ってぼんやりしています…。このページは羽衣つたえ隊全体のものですが、今回は出演者の方々への感謝を込めて、私個人の思いを書かせていただきたいと思います。

能「羽衣」が大好きで、絵本化とその読み聞かせ活動を始めた私にとって、この羽衣劇はまさに夢のような企画でした。
しかも、天女役として立田先生が挙げてくださったお名前は、10年ほど前「夜叉ヶ池」の舞台を拝見した時、その透き通るような、どこか人間離れした美しさに衝撃を受けた布施安寿香さん。そして、音楽は、布施さんと「帆香」というユニットを組んで活動されており、舞台への楽曲提供の経験も豊富な渡会美帆さん。しかもその渡会さんは最近日本の古典的な音楽にご関心があり、それらを取り入れた楽曲づくりを試みておられるという…こんな贅沢ってあるのかな、とどこか現実感がないまま打ち合わせに臨みました。

...

布施さんとは2015年度に羽衣つたえ隊のメンバーに朗読指導をしていただいた時以来の再会でしたが、2年前よりもさらに美しさと透明感が増していて驚きました。
非常に理知的でありながら少女のようなあどけなさも併せ持ち、なおかつこちらが油断していると鳥のように飛び立っていってしまいそうな自由な雰囲気があって…あれ?これは天女役にぴったり、というより天女そのものなのでは?と打ち合わせしながら胸がドキドキしたのを覚えています。ずっと羽衣絵本の活動をしていたら、ついに本物に会っちゃった!みたいな心境。
布施さんの壮大な構想を側でニコニコ聴きながら、「なんとかなると思います」とこともなげに仰り、そして本当に布施さんの頭の中の想い・願いそのものを音楽化するという恐ろしい才能をお持ちの渡会さん、布施さんの要望に瞬時に応え、心身を自由に変容させていく吉見さん。(リハーサル時、次々とお題?を出す布施さんと、それに応じてどんどん台詞や動き、雰囲気を変えていく吉見さん。富沢先生の講義にあった、羽衣伝説の難題型が舞台上で実現してました笑)
普段は穏やかでむしろおっとりした雰囲気でありながら、いざ仕込みとなると「豪き志」のお名前の通り、妥協を許さず、最高の光の状態を作り上げるためにどこまでも理想を追い求める日尾さん。音響についての技と深い知識をお持ちであるだけでなく、場の雰囲気が和むよう、常に温かな気遣いを見せてくださった堀池さん。5人の力が合わさり、1つの作品が出来上がっていく様を、側で、ずっと夢見心地で拝見していました。

 

実は私には、「羽衣」を劇にするにあたり、心配な場面が1つありました。それは、「羽衣」の中心とも言うべき「いや疑ひは人間にあり。天に偽りなきものを」と、それを受けて白竜が改心する場面です。

能では、定型の強みとでもいうべきものがあって、淡々と語るワキの佇まいから観客が感情を自由に忖度できるようになっている。絵本は絵本で、物語というものそのものが持つ、不条理をも抱き込んでしまえるおおらかさに救われるところがある。でも、布施さんも吉見さんも生身の身体で、しかも吉見さんは現代の言葉を話すことで観客との距離の近さを保っていて、その中でこの急激とも言える改心の場面を、説得力のある形で演じるのは、すごく難しいんじゃないか。

…そして本番。私は自分の不明を恥じました。布施さんも、吉見さんも、すごかった。「いや、疑ひは…」の台詞をいう布施さんは白竜の改心を皆に納得させるだけの威厳に満ち(しかも清らかさはそのままなので威圧的になりすぎない)、その台詞から、これ以外はあり得ない!という絶妙の間で、絶妙な表情と声で、吉見さんの「俺ァ、恥ずかしい!!」が発せられ...…人間の、このあらくれた漁師である白竜の、小さな改心が、天女の語りと舞を引き出し、さらには七宝という恵みを国土にもたらすきっかけとなったのだ、ということを私たちに示してくれました。

そしてそして、布施さんの天女の舞。
 私には、「ああ、布施さんを器にして、天女がはいってきた」と思えました。
布施さんは本番前、今回は「祈り」をご自身のテーマにしていると仰っていて、それは、(布施さんご自身はそれと意識していなくとも)能とは天下安全、諸人快楽のために始まったものだと言い、寿福増長、加齢延年の基だと言った世阿弥の考えに重なるものだったと思います。そんな祈りの心で舞ってくださったからこそ、天女そのもの(そういうものがあるとして)や、先人たちが天女について巡らせた想いの数々が、布施さんの心身を通して現れたのかなと感じました。

そして、神楽などの祭礼でもそうであるように、神仏への祈りに不可欠である音楽を、これ以上はないという清らかさなものに作り上げてくださっていた渡会さんのすごさ。これはもう、百聞は一聴に如かず、です!ぜひお聴きください!
https://m.facebook.com/story.php…

終曲部、日尾さんが天才的とも言える照明の技で「月の道」を作ってくださり、渡会さんがピアノで七宝のきらめきを表現してくださり…光と音が満ちる中、布施さんが後ろを向いた時、その美しさに感動しながらも、「ああ、終わってしまう、この宝物のような時間が終わってしまう」と苦しいような気持ちになり、おかげではからずも、遠い昔天女を見送った白竜の思いを追体験することができました。

そんなこんなのあれこれを、舞台を見ながら感じ、泣けて泣けてしょうがなく、でも発起人の1人としてこの後舞台に立たないといけないから、ここで崩れちゃいかん!!と気合を入れて乗り切ったのですが…。夜の打ち上げの時に、立田先生の言葉を聴き、また布施さんに向かい合った時に、気の緩みもあってか涙が止まらなくなってしまいました。
えぐえぐ泣きながら意味不明なことを言っている私の肩を、そっと抱きしめてくれた布施さん。舞台を降りても天女…!!

…公演からこっち、ずーっとあの時に受けた衝撃を反芻する日々ですが、いまぐるぐると考えていることが、今後の私の謡曲への読みや、研究への姿勢を変えてくれるという予感もしています。再演への切なる願いを持ちつつ、その時にもっと成長した自分でいられるよう、能のことを勉強していきたいと思います!

 

【おまけ・布施さん、渡会さんの名前のこと】

おまけというのも失礼かもですが…。公演後、「布施さんの布施という苗字は、〈布施=与えること〉という仏教語から来ているのかなぁ。だとすれば、布施さんの本質をよく言い表してるなぁ」と思い、試しにネット上の苗字の由来を集めたサイトを検索してみると…(名字由来net、というサイトです)「布施 現滋賀県である近江国伊香郡布施村がルーツ」とありました。
…んん?近江国伊香郡???何か天女を語る上で重要なことと繋がってる気がする。もしや…と思い、伊香について調べると、
余呉湖に天女が降り立ち、伊香刀美と結ばれた、その後裔が伊香氏であるとの記述を見つけました。そして系図によると、伊香氏から後年分岐して生まれたのが布施氏であると…

...

 わー、布施さんと天女つながっちゃった!!!と1人興奮してしまいました。

もちろん、これはあくまでも伝説だし、布施さんのお家のルーツも知らないままそんな不確かなことを言うのは控えなければならないのですが。わたしの頭の中では、天女の血を受け継いだ子供の子供のそのまた子供…が、いま羽衣の舞を舞って、母なる天女がいる天に帰っていった、という物語が出来あがり、またもやうっとりしてしまったのでした。
そして、渡会さんの「渡会」は、同じく名字由来netによると、「現三重県度会郡がルーツ。聖なる川(五十鈴川)を渡り神に会う」が由来なのだとか。これも、普段は地に足のついた、堅実で穏やかなお人柄ながら、ひとたび音楽を作り奏でるとスッと天上の世界と繋がってしまう、渡会さんの特質をよく表しているお名前なのでした。
布施さん、渡会さん、勝手に名前をアレコレしてすみません…。これは1つの「物語」として受け止めていただけたら

 

 

羽衣つたえ隊さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス