自分の欲求不満を見ている(笑)

ふり切って行こうとする度、強烈にここに意識が残る。
何故に、こんな思いしなきゃならんのだろう、
わざわざ大変にしている様な気がする。
  
いいこぶってるからだよ、
単に意地張っているんだよ。

ある人との関係性で何事か起こると、何も手につかない、この数か月、こういう状態を繰り返した。
 
自分を律して行けたら、私は自分を誇れるのに、

我慢や気の向けどころを変えたところで、

いずれ元に戻ってしまう。

強烈に自分を嫌悪し、殺したいくらいになる。
それを片づける為に、カタルシスをする。
そうして書いて整理し、そこでようやく誇りを取戻したように見えて、
又何かあると、その書いたことさえ何か、空々しく思えて、自分に対し嫌悪感。
  
この強烈な嫌悪は何なのだろう。

 
 
楽に得ようとしている自分の、いやらしさを、
それを嫌悪する自分を見ている。
 
そこに、自分がこの人生で貫きたい指針、大事にしていきたいものの答えがある。

正当に、
真っ向から、本当に得たい状態を手に入れたい。

誰かを痛めて、何かから奪い取る様なやり方では

欲しくない。

 

日々、

目の前に欲しいものをぶら下げられて、

 

見たくないとふり切っては、違う、本当は欲しいんだって、

イライラする。

  
棚から牡丹餅みたいなものを、どこかで望んでいるから、揺れるんだろう。
脇目もふらずに、自分のすべきことに没頭していきたい。
誘惑に脆くなるというのは、
我慢しているから。
その我慢を、どうやってか、健全な経過の流れの軌道に置く。
どうすればそう出来るか、探っているところ。

 
 
自分がされて嫌なことはしない。
自分がしてもらいたいように一人々を大事に、思いやりを持って接する。
辺り中を大事にくらしていきたい。
  
そんな願いを持って、長年、
大事を傷つけない為に、かろうじて維持し守る為に
大事なものはただ、みていながら全く手つかずで放置。

そんな時をもう、何年、何十年続けただろう、
少しずつ大事が、大事に出来る距離に近付いてきた様に思う。

 これだけの物事、よく手放さずにここまで連れて来たねって、

この忍耐強さは、もっと誇れることだ。

大事を大事にして行く為に、削ぎ落さなきゃならないトゲ、
それが、今、ようやく掴めるか掴めないか、見えてきたところ。
4/16

 

又長い話だけど、よろしくべいび~(笑)

春の美津392 

この資本主義社会で求められる要求をのみながら、世代を超えて、人が生きる基本空間を維持していくこと、

多くの人が出来なくて手放していったこと、父は静かに引き受け、母は私の生き方に寄り添い支え、

この場所を私まで繋いでくれた。

世間が高度経済成長の波に乗り、バブルに踊った頃、誰とも分かち合えない様々なしがらみを抱え、

どんなにか自由に生きたかっただろうと思う、その翼をたたんでまで、この地に降り続けてくれた。

相手の生きた時間、共に生きる為の時間、

ここにある奇跡を、私は引き受け、時代の波の向こう側まで連れていく。

 


昨日の田仕事で、夕方母が手伝いに来てくれて、
その時に自分の中で起こってきたこと、

とても母に近づきたくない自分を見ていた。
娘が私に取る 距離の取り方、
私が母に取る 距離の取り方、
そんなものを、見ていた。

今から、これだけは整理してしまうね。

甘えと侵害
  

私は人の親切に緊張がある。
  
人の親切との出会いって、
人との関係の距離の取り方を問われる。

甘えられなかった成育歴の私は、甘えの限度を知らない。
共倒れにならない為に、自分が自制することで保ってきた秩序の中で生きて来た。
だから、親切に対し、どれ程のさじ加減が適当かが感覚的に分らない。
親切は容易にトラブルの入り口になりえる。
親切を受け入れる時は、もらったものを返す覚悟で臨んでいる。

相手の境界線枠を見る為に、こちらの線引きは後回しにし、
多少リスキーでも、相手が出してくるラインを待つ。
見えないところから見えて来るところまで、
相手とのやりとりの中で 自分枠を柔軟に動かし、現実とすり合わせていく

こういう作業を 人との間で私は常にやっている。
これが、人が私をという人間を判らないと言う原因にもなっているのだろう。
  
  
娘が、
自分は人と話す時に言葉を選んで、一度自分の内側で発してみてから相手に発するのだと
教えてくれた。
娘は常に人に対し、関係性を大事にしてくれている。
この繊細な配慮に対し、こちらが無頓着であると、
娘は疲弊する。

ここに、母と私の関係、私と娘の関係性の間に常に有った 問題がつくられる構図を見つけた。
 
 
優しくされて安心して心を開くとがっかりさせられる。
良い様な事を言われて乗ると、裏がある。

優しくされて、こちらもそれで自分の内を出すと、もう、そこに母の心は居ない、

頼りに出来ない。
安心して身を預けられない、

それは、私が子供の頃から、母に何度も感じてきたこと


母の限界が見えるから、何も言えないで退くだけだ。
そういう、
いつも自分が大人にならなければいけない関係性が、どこまでも続いていくのが
とてつもなく寂しかった、そういう気持ちを、私は隠し持っていた。
  
 
これを自分のニュートラルにすると、逆の関係性も存在し、どこかで、頼れる人にそういう頼り方をしてしまうに決まっている。
侵害するつもりもなく侵害し、
それを挽回できる程の力もなく、ズルズルと相手に世話になりながらこの関係性を続ける、
この匂いが、私の一番避けたいものだ。

  
娘を抱えた時も、誰とも分かち合えない寂しさがあった。
ただ、違う事、
娘は母の何倍も大人だった。
彼女は彼女が担えるだけのものを引き受け、自分で立ってくれた。
  
親子はどうしても対等に分かち合う事は出来ない。
彼女の、人の必要を見抜く力、必要をさり気なくカバーする優しさ、
これはレベル違いで自分にはカバーしきれない。

 

だって、自分が出来ない、足りない所をスッと補うんだから、

どうやったって追いつきやしない。
彼女と居ると楽なのは、彼女が、私が母に対するのと同じ様に、私の何かを引き受けているからだ。
  
私は彼女に甘えない様気をつけなければならないんだけれども、
ここにも同じ構図が入り込みがちなこと、
母より自覚的であると自負したところで、
質的にはそうなってしまっていることに、気が付いている。
  

この癖を何とかしなければ、対等な関係性など築けやしない。
  
  

一人で抱えて立つこの しんどさって、自立して立つ事とは違う。

自立して立つことは、自分一人の物事は、もっと軽やかだ。

   
家族を一人で背負う、それを父はやってきた。
誰かと分かち合えれば、どれだけ嬉しいだろう。
でも、伴侶は全くそういう事では分かち合えない相手だった。
その事を分かち合える人がいるとしたら、それは私だけだけれども、
今はまだ、それも叶わず、申し訳ない。
 
  
共依存関係に慣れた私の成育歴での普通は、
強く自分を律する事で、成り立っている。
 
もっと楽な着地点をつくり込み、習慣化させられれば、解決するだろうか。


人の輪の中では、
自分の担うものを見極め キチンと担う。

家族間でのフェアな分担をキチンと合意形成し、いつでも風通し良くしておくこと

自分が出来る事の範囲を見極め、出来ない事に関しては協力要請し、
その際、お互いにウインウインになる様に、案を必ず用意しておく
 
地域循環プロジェクトも、

必死になっている時程、使命感とか、被害者意識とか、何か違うものに憑りつかれている。

その匂いが嫌なんだ。

自分が担う。
それは引き受けた責任とそれを掴みとる自由。その豊かさにくつろいだ幸福感で自分を満たしている状態。


担うというのはこの状態だ。
家族に対しても、そういう状態を目指せばいいんだ!!

必死さでは人は動かない。
心から、相手との関係を楽しんで、ここにある宝一つ一つに意識が行くような、
唄の様にそちらに流れる道筋をつくる。
 
保育では、子を導く時に 唄う様に乗せていくように、
これは、芸術なんだ。
この世界は、自然という調和芸術で成り立っている。
芸術とはどれも、その自然の調和感覚を持って、様々な視点で表現することだから、
何をするにも基本感覚だ。
全ての物事を、もっとここから組み立てる習慣をつけよう。
 

 モクレンの花、今、満開


彼女の求めには届かない。彼女を満足させられる関係性は、私では役不足だ。
とりあえずは、こうやって一つずつ手立てを見つけ動いていき、自分の器を大きくしていけたら、
担う力、受容する力が強くなっていければ、
喜んでもらえるかな。
 
存在を喜んでもらえる自分になりたい。

最初の問題から話はそれたけれども、

多分こうやって、安全な自分をつくっていけたら、

嫌悪感もいつの間にか、消えているかも知れない、

自分にくつろげるようになると思う。