はじめまして

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我が家の愛犬 はな のことを、書きたいと思います。

松本君のブログに時々お邪魔していたのですが、読者登録をしようと思ったら、自分がブログを開設することになっちゃった。


はな は、1999年1月29日生まれ ♀ 父犬ジャーマンシェパード 母犬ラブラドール・レトリーバー


生まれたときは、母犬 らぶ  姉犬 ゆう  居候犬 ちー がいました。

4頭目の子として、我が家に加わった はな は、あれよあれよというまに、ちーを抜き、ゆうを追い越し、らぶよりも大きくなってしまいました。


大きくてやんちゃでお転婆で、私の手に負えない子になっていきました。

叱ると、らぶがやってきて、「許してやって」とでも言うように、私に甘えるのです。


かばってくれていた母犬は、2002年10月12日 11歳で亡くなりました。乳がんでした。


その翌年の11月、けんか相手だった ちーが突然死に、ゆうとはなだけになってしまいました。


はなは、ゆうのことが大好きだったのですが、ゆうが歳をとるにつれて、はなのほうが優位に立つようになりました。 


ゆうは、今年(2007年)4月2日に2度目の乳がんの手術を受けました。13年9か月の高齢だったからでしょうか、術後一時は元気になったのですが、ゴールデンウィークのころから、元気がなくなり、5月17日に天使になりました。


たくさん犬がいたので、散歩は近くの山(歩いて5分くらいのところ)に連れて行って、リードを話して遊ばせる程度でしたが、その散歩にも亡くなる数日前からは行けなくなりました。

起き上がることもできなくなりました。外犬でしたので、常に一緒にいてやることができなかったのですが、起きたくなったら、「わんわん」と呼びますので、行って、起こしてやります。


起こしてやると、水を飲んだり、庭に出て、おしっこやうんこをしたり。そうして、またハウスに戻り寝る、という状態でした。

連休のときには、単身赴任をしている主人は帰ってきたのですが、娘は仕事で帰ってくることができませんでした。

ゆうの病気について、彼女に知らせるべきかどうか迷ったのですが、母の日に電話をかけてきてくれたときに、知らせたら、翌日帰ってきてくれたのです。


そして、2日娘はゆうと一緒に過ごし、戻って行きました。娘と一緒のゆうは、元気が戻ってきたように感じられ、元気になるかもしれない、と、思えました。

しかし、娘が戻っていくのを送ってから、帰ってみると、ゆうの容態は悪化していたのです。


娘の前では、精一杯元気にしていたのでしょう。


そして、翌日、ゆうはもう立ち上がることもできなくなってしまいました。

ゆうが散歩に行けなくなってからは、はなをつれて出かけても、はなは 山まで行っても遊ぶこともなく、すぐに帰るのです。その間、約10分。家に着くと、すぐにゆうの様子を見に行きます。


16日の夕方は、山に登ることもなく、山のふもとまで行っただけで、すぐに引き返しました。

私はその時、ゆうはもうすぐらぶのところに逝ってしまうのだ、と、感じました。

そして、ハウスに布団を持ち込んで、一晩一緒に過ごすことにしたのです。


はなは、いつも、「私を可愛がって」とでも言うように、私に飛びつき、まつわりついて、困らせていたのですが、その夜はそのようなこともなく、おとなしく私の隣で寝ていました。


ゆうはじっと私を見つめていました。私は、ずっとゆうに話しかけていました。

生まれたときのこと、楽しかった思い出、とってもいい子だったこと、らぶのところに行ったら一緒に仲良く遊ぶように、そして、時々夢で逢いに来てくれるように・・・・・


ゆうと私は、ずっと見つめあいながら、話しました。まあるい目をして、じっと私を見つめるゆう。一睡もしませんでした。

そして、母犬らぶが亡くなった時刻と同じころ、4時6分にゆうは天使になりました。

はなは、その時がわかったようでした。眠っていたのに、起きて、ゆうを看取ったのです。


ゆうは微笑んだような顔をしていました。ゆう、よく頑張ったね。走り回れるね。ありがとうね。


はなは、その日の夕方の散歩は、ゆっくりと長く歩いたのでした。はなにはちゃんとわかっているのだ、と、感じました。


私はというと、もう夜2時間ごとにゆうに呼ばれて、起こしに行ってやることもなくなったのに、眠れないのです。やっと眠っても4時に目が覚めるのです。

ひとりぼっちになったはなは、元気がなく、寂しがっていました。

だから、私が悲しがっていてはいけない。

ゆうが亡くなって3日目、朝、少し寝坊したのです。そして、朝の散歩に出かけました。いつもの山に行ったのですが、ふと見ると、目の前に虹が・・・・・


目の高さに、小さな、くっきりとした虹がかかっていたのです。

ゆうの虹だ、と、思いました。

空いっぱいにかかる虹ではないのです。保育園の建物の上に、かかっているのです。はなと私以外、誰も見ていないのです。

ゆう、ありがとう。元気出すよ。はなのためにも・・・・・


不思議なことがありました。ゆうが亡くなった時刻に、主人も娘も目覚めたそうです。4時に起きることなどない二人です。きっとゆうが行ったんだね。

ゆうは、連休にお父さんには会えたし、やっちゃん(娘)にも会えたし、もう、思い残すことはない、って、らぶのところに行ったんだね。 ゆうって、すごい!

生きてる時は、らぶとはなの陰に隠れているようなおとなしい素直な子だったのです。自分から甘えてくることができない子でした。 ゆう、うちの子で幸せだった?


不思議なことはもう一つ。娘はつらくて、立ち直れない状態だったのですが、らぶ、ゆう、はなが夢に出てきて、ゆうが幸せそうに笑っていた、というのです。その夢のおかげで、娘は立ち直れたといいます。


はなは、やっぱりさびしそうでした。それまで、朝か夕方かどちらか一回だけの散歩だったのですが、少しでも一緒にいてやろうと思い、朝も夕方も行くことにしました。

朝5時に起きて、約1時間、夕方日が落ちてから約1時間。

はなと歩くと、いろんな事があります。てんやわんやの散歩の様子を、書きたいと思います。


まず第一弾が、こんな形で悲しい話題で申し訳ありません。って、読んでいただけるのかな?