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あらすじ
左の目から頬にかけてアザがある理系女子大生の前田アイコ。幼い頃から、からかいや畏怖の対象にされ、恋や遊びはあきらめていた。大学院でも研究一筋の生活を送っていたが、「顔にアザや怪我を負った人」のルポルタージュ本の取材を受けて話題となってから、状況は一変。本が映画化されることになり、監督の飛坂逢太と対談企画で出会う。話をするうちに彼の人柄に惹かれ、作品にも感動するアイコ。飛坂への片想いを自覚してから、不器用に距離を縮めてゆくが、相手は仕事が第一で、女性にも不自由しないタイプ。アイコは飛坂への思いを募らせながら、自分のコンプレックスとも正面から向き合うことになる…。

 

ひと言
図書館でこの本のタイトルが目に留まりました。【よだか】この言葉から連想するのは、ほとんどの人と同じ 宮沢賢治の「よだかの星」。生まれつき顔にアザがある女性の話だから「よだかの片想い」…。この本の内容から考えると【よだか】という言葉を安易にタイトルに使って欲しくなかったなぁ。なぜか無性に また宮沢賢治を読み直したくなりました。 

 

 

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「そっか。岩手といえば宮沢賢治ですものね」 「そう、イーハトーブだ。賢治の童話は、暗くて激しくて、僕は少し、読むと苦しくなるけど」 私は、そうかもしれない、と思って、頷いた。 「あ、でも、一つだけ好きな話があったな。『よだかの星』」飛坂さんがサイドテーブルのペットボトルに手を伸ばしながら、言った。 「あの、暗くて重たい? 昔、教科書に載っていたから読んだけど、理不尽すぎて、すごく腹が立った記憶があります」 私の言葉に、彼は朗らかに笑って、アイコさんらしいな、と言った。 「たしかに理不尽ではある。一方的に、まわりから罵られて、汚いと言われて。でも、そんな痛みを知っているよだかでさえも、もっと小さな生き物を殺して食う。だから自分はなにものも傷つけずに燃えて星になりたいと願う。すごい繊細さと崇高さだと思う。僕だったら、他者を傷つけて、なあなあにしながら、生き長らえると思うから」 私は小さく頷いた。この人は、本当に一瞬で私の目に映る世界を変えてしまう。(P117)

 

 

「治療までしなくても、たしかにもっと簡単な方法もありますし」 「……ああ。えっと、化粧とか?」 「うん。実際、高校を卒業するときには、悩みました。同じ大学に行く子は、まわりに一人もいなかったから。生まれ変わる最後のチャンスかもしれない、て。明日からまったくべつの自分になって、普通に笑ったり、男の子と付き合ったりもできるんじゃないかって」 「でも、あなたは、そうしなかった」 「怖かったんです。一度、化粧をしたら、ずっとそれを続けなくちゃいけない。アザが目立たない顔に慣れてしまったら、もし化粧を取らなきゃいけなくなったときに、どうしようって」(P127)

 

 

「私だって、もっと可愛くてアザなんてない顔に生まれたかったとか、どうせ男の人なんて外見でしか判断しないとか、弱音を吐きたいときはある。でもそんなことを言ったら、親や、同じような境遇の人、もっと困難のある人たちまで、ぜんぶ否定することになるから。あなたが弱くたっていい。でもその弱さに甘えるのは、間違ってる」(P155)

 

 

私は頷きたいのを必死に堪えて、ごめんなさい、と答えた。 これが、今の飛坂さんの精一杯。 出会った頃だったら、私はこの言葉だけで、一生、満足できただろう。 でも、今は知ってしまった。求められることの幸福を。そうしたら、もっと欲張りになっていた。 約束は守ってほしいし、私と会うことを一番楽しみにしていてほしい。相手にも、こちらが想うのと同じくらい、好きになってほしい。付き合っているのに、片想いみたいな状態じゃなくて。 もう前の私には戻れない。それはわがままじゃなくて、自分にとって必要な変化だと思うから。……。 私ははい、と答えて、電話を切った。 携帯を握った手の甲を見ると、直線状に血が滲んでいて、ガラスの破片でいつの間にか切っていたことに気付いた。
今日だけは、仕事を放り出して私を優先して。 一度きりでいいから、一番にしてくれたら、あとはもうずっと待つから。一生だって待ち続けるから。 そんな本音を、前に進むために呑み込んで、私は壁に額を押し付けて、声を殺して泣いた。(P211)