今月(5月)中旬に当社CCO(Chief Culture Officer)のA柳君と、米国Zappos社(以下Z社)を訪問し、企業文化について色々と議論してきました。今回のツアーを企画して下さったのは、『ザッポスの奇跡』の著者である石塚しのぶ氏で、今後も同様のツアーを考えておられるようなので、興味のある方は是非ご連絡下さい。


ザッポスの奇跡 The Zappos Miracles―アマゾンが屈したザッポスの新流通戦略とは/石塚 しのぶ
¥1,575
Amazon.co.jp

Z社は日本ではまだ馴染みが薄いかもしれませんが、今全米で話題となっている靴を中心としたオンライン販売会社です。何が話題かというと、「コアバリュー」と彼らが呼ぶ企業の価値観に徹底的にこだわった経営を進めることによって、顧客対応&サービスの質を劇的に高めることによって、業績を伸ばしているという点です。つまり社員にとっても非常に働き易く、顧客にとっても実に気持ちよく買い物ができる会社をつくっているということです。


詳しくは、石塚さんの『ザッポスの奇跡』を読んで頂ければ、非常に分り易く網羅的にZ社のことが書かれています。ここでは、そのエッセンスと私なりに考えるところを簡単にまとめてみたいと思います。


まずZ社は自身を「たまたま靴を販売しているサービスカンパニー」と定義しています。その背景には、製品や商品の独自性はすぐに真似されてしまいます(特に小売業で差別化は非常に難しい)が、自分達とそこから生み出される顧客の感動体験は簡単に真似されない、という考え方があります。自分達(社員)と顧客との接点をできるだけ広げて、そこに感動体験という大きな付加価値を作り出す。それが基本戦略なのです。


そのための企業文化の基本思想は10の「コアバリュー」に表現されています。そして家庭にいるときの素直な自分自身の姿を、会社にいるときにも自然に出せることを理想と考えています。文字通り家族的なあり方を追求していると言えるでしょう。



<10のコアバリュー(日本語訳は私が勝手に付けました)>


1. サービスを通して、WOW(驚嘆)を届けよう(Deliver WOW Through Service)
2. 変化を抱き、その原動力となろう(Embrace and Drive Change)
3. 楽しさと、ちょっと変わったことを創造しよう(Create Fun and A Little Weirdness)
4. 挑戦的で、創造的で、オープンマインドたろう(Be Adventurous, Creative and Open-Minded)
5. 成長と学びを追求しよう(Pursue Growth and Learning)
6. コミュニケーションを通じて、オープンで正直な関係を構築しよう(Build Open and Honest Relationship With Communication)
7. 前向きなチームと家族精神を築こう(Build a Positive Team and Family Spirit)
8.乏しい中から、もっと大きなものを生み出そう(Do more With Less)
9.情熱と強い意志を(Be Passionate and Determined)
10.謙虚たれ(Be Humble)



コアバリューの中身自体は驚くものではありません。当社でも10の価値観を表現した「クリード」が存在し、Z社のコアバリューに決して劣ったものではないと思っています。しかしZ社は「徹底している」という点で抜きん出た存在でしょう。会う社員会う社員話しをすると皆コアバリューについて話しますし、採用や評価もそれに大きく依拠して行います。場合によっては、カルチャーフィットしないという理由で解雇も辞さないスタンスです。そしてそれを顧客ばかりでなく広く社外の人にも伝えることに積極的です。


こうした考え方自体は、総論として誰も反対しないでしょう。個々の社員が活き活きと個性を発揮し、顧客に対してそれが体現できればそれに越したことは何もないと思うに違いありません。しかし実際にZ社ほど徹底して仕組み化し、やり切れている会社もなかなかありません。表面的に真似することはできても、しっかり根付き会社としての(広い意味でも)成果に結び付けるまでには、経営者のかなりの覚悟と粘りが必要です。


さらには、当社もそうですが、インターネット企業は多くのユーザーを抱えていながら、直接的な接点はむしろ少なく、そこに「サービス」を創り出すという発想に結び付きにくかった面が多分にあります。そういう意味でも画期的であると思います。ついつい個々の顧客への対応は「コスト」と考えがちですが、Z社の思想はそれを完全に「投資」と位置付けています。徹底的にやり切れて初めて、ブランド価値やそれに伴う顧客のリピート率向上という価値の顕在化が成し得ます。


もちろん、より詳細に質問していくと、コアバリューにフォーカスしているからといって、一般的な会社のルールや仕組み、苦労が無いわけではないことも分りました。予算のあり方や(ファイナンスチームの人数は思ったより多い!)、権限の設定は当然のようにありますし、成長が止まればポジションの不足に悩むことも起きています。それでも、事前にルールを作って統制するよりは、価値観を共有することによってなるべく個々が自由に動けるようにして、もし逸脱することがあれば事後的にコーチングで正すという基本的な姿勢が伝わってきました。リーダーシップのあり方も、指示する立場ではなく、なるべくコーチであろうということです。


とてもここに書ききれませんが、Z社の数々のチャレンジを見聞きして、その本質にあるものは、「エンパワーメント」ということだと私なりに解釈しました。エンパワーメントというと、よく「権限委譲」と訳されたりしますが、それだと少し狭い解釈になります。むしろ「主体性の共創」というイメージです。


少し飛躍しますが、人間にとって幸福の源は大いに主体性に拠ると私は思います。あらゆることに自ら考え、自らの責任の下に行動していれば、誰かのせいにし怒ることもなく、誰かと比べて落ち込むことも妬むことも無くなります。そしてそういう幸福な人は、他の人にも幸福を与えることができる(共創)でしょう。


企業とは、人の集まりが不特定多数の人に対して何かをしようとしているわけで、その本源にエンパワーメントを見据えることは、具体的なやり方はそれぞれ違ったとしても、普遍的に肯定できる理想と言えると思います。


あえてそこに現実的な経営上の理屈を付け加えれば、それらは2つのルートを通じて、企業に実利ももたらすことになるでしょう。1つは、エンパワーメントによって個々人が(企業としての最低限の統制を保ちながら)自ら適切に行動できれば、組織に効率やスピードや結果としての強さが備わります。そして2つ目にそれは、特にソーシャルメディアを通じて透明になりつつある企業の壁を超えて、外部に対するサービスやブランドとして、それまでにはない新しい価値を生み出していくことになります。


当社も比較的企業文化にこだわっている会社だと思っていますが、それがより本当の意味での会社の幸福と価値に結び付けられるように、一層工夫と努力を重ねていかなければと思っています。



CFOの雑食志考(Weekly)

Z社の社内風景



※今回のツアーのフィードバック会を6月8日(火)20時から、当社のajitoで開催致します。ご興味のある方は是非ご連絡下さい。