ドナウ川はただ流れている | ピアニスト【ジュラ・キシュ】からの教えやヒント、曲情報や国際ピアノコンクール情報など更新中

ピアニスト【ジュラ・キシュ】からの教えやヒント、曲情報や国際ピアノコンクール情報など更新中

ハンガリーの天才ピアニスト、ジュラ・キシュ先生の教えを伝授、ジュラキシュ国際コンクールやコンテストの情報を後藤・イシュトヴァン・宏一がお伝えします。ピアノ講師や音大生も是非見て下さい。


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1989年12月、僕は腱鞘炎になった右手を摩りながら、

 

インターコンチネンタルホテルの前のベンチに腰を

 

おろし、ただ、ただ、ドナウ川をにらんでいた。


 

家に戻っても練習は出来ず、断片しか分からない

 

ハンガリー語のテレビ番組をみるか、

 

読みかけの小説の頁をめくるしかなかった。



 

日本に帰るお金もなく、夢もなくなっていた。


 

12月のハンガリーは寒いを超え、

 

皮膚感覚としては痛かった。




 

1週間前に初めて師事したジュラ・キシュの顔がふっと浮かんだ。


 

僕はそのイメージに従ってジュラ・キシュの家に向かってしまった。


 

タクシーの中ではビリー・ジョエルのCode of silenceが

 

鳴り響いていた。

 

曲が終わるちょっと前に到着してしまった。

 

僕はメーターを見たのち、チップを大目に渡した。

 

ドライバーは

 

「夜道に気を付けて」

 

とビリー・ジョエルの歌声がフェイドアウトするの

 

に合わせるように言った。



 

「夜分、すみません」

 

とインターフォンに向かって言った。

 

たまたまジュラ・キシュ本人が出た。


 

「寒いだろう、今、ロックを解除するから、すぐに入れ」


 

と優しい返事が返ってきた。



 

リビングのソファーに座るように促された。


 

「ウィスキーかパーリンカ、どっちを飲む」

 

と聞かれた。


 

「ウィスキー」

 

と僕は言った。


 

ジュラ・キシュはジョニーウォーカーと

 

ジャックダニエルを比べていた。

 

彼はチェコグラスにウィスキーを注いだ。


 

二人でジャックダニエルを一気に飲み干した。


 

「何があったんだ」

 

とジュラ・キシュは僕の瞳をしっかり見ながら言った。

 

僕は一瞬、目をそらした。

 

ため息を一つついたのち、

 

良く考えもせず、自然に出て来る言葉を力なく話した。



 

「ピアノをやりにこの国に来たのに、

 

全てうまくいかないし、夢もなくなってしまった」



 

と僕はジュラ・キシュの目を見ずに言った。



 

「痛めた手は治るだろう。

 

だが失った夢を与えること出来ない。。。

 

夢は人に与えられるものではない。。。」



 

僕はなんとなく話が流れていくのを感じた。



 

ジュラ・キシュはまた僕の顔を覗き込みながら言った。


 

「ピアノをやるんじゃなく、

 

音楽の力を信じてみることだよ。。

 

楽譜を音符の集団だだと思っているだろ?

 

意味のない人生がないように、意味のない音はない」


 

とウィスキーを飲みながら言った。


 

どのくらい時間が流れたのだろう。。


 

「タクシーを呼んで欲しい」

 

と僕はつぶやいた。



 

家の前の細い道端で、

 

タクシーが来るまで、ジュラ・キシュは何も話さず、

 

ただ、ただ、横にいてくれた。
 

僕はおぼろげに感じた宝物をそっと抱きかかえながら、

 

それがこぼれないように帰宅した。




 

自分の部屋で数冊の楽譜を開けてみた。



 

そこには、今まで見えていたものとは全く違った景色が見えていた。

 

僕は数回頷いてから楽譜を丁寧に閉じた。


 

時計は4時37分をさしていた。

 

日が昇るまで睡眠をとろうとベッドにもぐり込んだ。


 

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