都会のラクダ 0章 その1

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「で、渋谷。お前どうするんだ」
    野中先生は必要以上に大きな声で私に訊ねた。
「先生声でかい」
「え?」
「先生、声、でかい」
「誰のせいだと思ってるんだ」
    進路相談の個人面接。先生と膝と膝を突き合わせて話をするなんざ、心のうちがムズムズする様で妙にいたたまれない。職員室の隅の方、臨時に設けられた謎のスペースでの面談。これから未来の話をするなんていうただでさえ小っ恥ずかしいこの状況であるのだからせめて、個室でも用意してくれたらいいのに。
    高校三年生は多感なんだぜ、そこら辺の機微をわかっちゃないんだから。若さはね、必要以上に恥じることを指すのだよ知ってた?
    しかもこの時、野中先生は突発性難聴を患っていた為に、自らが発する声さえも満足に聞こえていなかった。その為に、常軌を逸したボリュームで話す、し、常軌を逸したボリュームを求めてきた。
「私のせいじゃないでしょうに」
「お前のせいだ!」
    職員室にいた他の先生の視線が痛い。これじゃまるで聞き分けのない生徒と、それを叱る先生の図である。本日はお説教をされる為に私はここにいるのではないぞ、私は未来の話をしに来たのだ。ん、SFかよ。
    まったくお前は、と目の前で憤る野中先生は我々のクラスの担任の先生である。背が小さく色白の童顔で、しっかり締めたネクタイとさらさらすぎる髪の毛は、さながらお坊ちゃんであったが、何を何処で間違ったのかヒゲが非常に濃かった。そのアンバランスさが絶妙な風情を醸し出しており、女子生徒にキモチワルイ!なんてよくからかわれていた。昼休みのこの時間、野中先生は顔の下半分を伸びてきたヒゲでブルーに武装しており、見事な風情であった。
「趣深い風情でございますよ、先生」
「え?」
「なんでもないです。耳、大丈夫ですか?」
「うん。少しは良くなってきているよ。もう本当に勘弁してくれよな」
    先生が患っている突発性難聴の原因はストレスである。で、そのストレスの原因は他の先生からのネチネチした圧力であった。
    我らが担任の先生様に圧力をかけるなんざ、何事でい!と、先生が突発性難聴を告白する為に臨時に設けられたホームルームで私はひどく荒ぶったが、その圧力が、授業中の我々のクラスの私語にあるということを聞いて、腕まくりしていたシャツの袖を元に戻した。
    授業中は基本的に机の下で開いた文庫本の世界に没頭していたし、本を閉じている時は、たまに、本当にたまに、五分に一回くらい、私語を指摘されていたくらいだったから、まさかそんな大事になるなんて夢にも思わなかったのだ。
    私は野中先生のことを慕っていたから、割と真面目に反省したのを覚えている。

    基本的に”先生”が嫌いであった。野中先生(あと、小学校のハトウ先生ね)を除いて、”先生”のことが好きではなかった。
    今の私の歳になってみれば重々理解できることではあるのだが、先生だってなんだって押し並べて人である。ただ、やはり学生の時分に、その本質的なところが理解出来ていなかった様に思う。
    当時は、先生即ち”大人”であり、大人即ち”大人という生き物”であった。漠然とした憧れと、それに付随して生ずる嫌悪の様なものから、未完である我々にとって、大人ってものは万能であると思い込んでいた。マルチプレイヤーであると信じきっていた大人が、実はただの人間だということを、少なくとも私はわかっていなかった。
    だから、先生が不意に見せる人間くさいほころびや、保身に走る姿や、利己的な一面を垣間見ると、大変に軽蔑したのを覚えている。うわア、人間くせエ。みたいなね(先生だって人間ですもの、仕方ないのにネ)。
    野中先生はなにが違ったんだろうか。大人として何歩も先を行って我々に”生徒”ではなく、一人の”人間”として敬意を払ってくれたからだろうか。狭い視野でしか見られない当時の私に、誠意を持って”人間”としての”先生”を体現してくれたからだろうか。ただ単純に良い人だったからだろうか。ねエねエ野中先生や、何考えて我々の先生をやってくれてたの?今ならほんの少しだけわかる気がするんだけどね、驕りかな。

    とにかく、慕っていた野中先生が難聴になっちゃったことに対し、少なからず責任を感じていた私は、先生の耳が回復するまでは、ちょっとだけしっかりしようと、ちょっとだけ誓ったのだ。
「へい、すびばぜん」
    うなだれたこのポーズは完全に振りであるが、少なからずそこに存在する一口サイズの反省の意は先生に伝わった様である。先生は、ったく、とか言いながら鼻からため息を抜いて見せた。
    軽く間を置いて、もう一度私に、言う。

(続)