表現の不自由展考ーあの少女像には何の問題もなかったのに・・ | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

私は未だに件の少女像を目にしていないが、愛知県の愛知トリエンナーレ展の会場の一角に件の少女像が置かれているのを見たとしても、あ、これが噂の少女像か、くらいにしか思わなかったはずである。

いわゆる慰安婦の像だとも思わないし、韓国の方々の反日・嫌日感情を象徴する像だとも思わない。
ロダンの考える人や長崎の平和公園の平和の像ほどの特別の感興を呼び起こす芸術的な作品だとも思わないので、私にとっては、あ、そう、と一瞥して通り過ぎてしまう一群の作品の一つでしかない。

嫌韓、反韓感情に突き動かされて一部の方が大騒ぎをしたため問題になってしまったが、冷静に考えればあの少女像の展示には何の問題もなかった。
作者に言わせれば、件の少女像は平和の像だそうである。

作者の意図に反して件の少女像を慰安婦の像だと看做して不当に政治利用した方々が問題なので、あの少女像を巡って大騒ぎする人たちは物事の判断基準がどこか狂ってるのだろう。

実に愚かしいことであった。

もっとも、一連の展示物の中にはおよそ主催者の感覚を疑うようなおぞましい物もあったようである。

こちらの方は、とても看過できるようなものではない。

まあ、他の展示物まですべて撤去されてしまったのはちょっと気の毒ではあるが、その責任はあげて芸術監督を引き受けた人にある。
まあ、そういう芸術監督を選んだ人も責任回避は出来ないだろうが・・。