教育勅語に対する私の考え方 | 弁護士早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。


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明治神宮崇敬会に入っていると教育勅語に触れる機会が多くなる。

大方の方は滅多に教育勅語そのものに接することは少ないだろうが、大勢の参拝者が教育勅語を朗唱するときなど、私は多少気恥ずかしい思いをしている。
何しろ、参拝者の皆さんが一斉に「忠」「孝」の二文字を読み上げられるのだから。

今の時代に、教育勅語を神聖視したり、教育勅語に書かれていること自体をそのまま義務教育の徳目にすべし、などと仰る方はおられないだろうが、教育勅語のフアンは今でもそれなりにおられる。

私は、他人が大事にされているものを悪し様に罵ったり、ことさらに侮蔑するようなことはすべきでないと思っているので、教育勅語の信奉者の面前であれこれ言うようなことは一切しないが、しかし教育勅語に示された理念をそのまま教育現場に導入しようとするような動きには反対せざるを得ない。

せいぜいが教育勅語を何らかの参考資料とすることぐらいで、教育勅語をもって道徳教育の拠りどころにすることは出来ない、というのが私の認識である。

さて、こういう私の基本認識を過不足なく他人に示すことが出来るか、ということになると、正直言ってちょっと自信がない。
どういう語り方をしても、どなたかからクレームが付きそうである。

こういう微妙な問題は、軽々しく口にしないことですね、くらいに思っている。

もっとも、文部科学大臣ということになると、ことが道徳教育の根幹に関わる問題なので逃げるわけには行かないのだが・・。

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