どこかで旗印を切り替えておかないと、その後が上手く行かないのだがな、と心配していることがある。
反対一辺倒は分かりやすく、かつやりやすいのだが、反対以外の言葉が何もないとただ抵抗したという形だけ残しただけで、法案の徹底審議に尽くしたことにはならないだろう。
法律が成立した後で事後的に法律の抱える問題点についての解消なり、より良い方向に向けての改善を図ろうとしても、法案審議の過程で具体的に問題点を指摘をせず、また自分たちが信じている制度に向けての具体的な改善の方向性も示さなかったことになってしまったのでは、実に勿体ないことだと思う。
政府の原案について、内容を十分承知しないままに賛成を表明している国民が半数近くいるらしい、という事実を相当重く受け止められた方がいい。
共謀罪反対の世論を醸成しようとして言論人の方々が立ち上がって様々な運動を展開されている状況はよく理解しているが、だからと言って、国民の多くが政府提案の組織犯罪処罰改正法案について絶対反対の声を上げるようになるかと言えば、まずそんなことにはならないだろうな、というのが私の観察だ。
どこかで対処方針を転換された方がいいのではないかしら、と思っている。
テロ等準備罪という名称は看板に偽りありだなあ、とは思っているが、しかし、この看板が実に有効に機能していることは否定し難い。
若い方々は、法案の中身はよく理解しないままに70パーセントぐらいの人が賛成と回答している、などというデータまで公表されたようである。
橋下氏のように世論を大きく動かす力がある人、影響力が大きな人が反対だと声を上げればずいぶん変わるだろうが、若い方々に殆ど影響力がなさそうな方が反対の声を上げても世論を変えるのは難しい。
こういう状況を踏まえると、反対一本槍ではどうも拙そうだ。
ここは、万一、一般の個人や団体が間違って組織犯罪集団の一員と認定されたような場合に、その個人や団体を迅速かつ適切に救済するような実効性のある仕組みは用意されているのか、違法な捜査、不適切な捜査を防ぐ具体的な仕組みは現実に用意されているのか、といった辺りのことに焦点を絞って問題の所在を明らかにし、多くの国民が不安に思っていることなどに真正面から答えることが出来る具体的な提案をされる方がいいのではないか。
反対一本槍では、とてもそこまで細かく具体的な問題点についてまで議論が及ばないはずだ。
お、民進党はそこまで考えているのね、と一般の国民から思われるような、そういう素晴らしい提案をされることである。
今は多勢に無勢で葬り去られるような提案かも知れないが、国民の多くの人が思わず頷いたり、心から共鳴するような素晴らしい提案が出来れば、民進党はいずれ必ず見直される。
まあ、色々な事情で民進党から修正案を提案しよう、対案を出そう、などという動きはし難いかも知れないが、今しておかないと、必ず悔いが残る。
金田法務大臣にも奮闘してもらわなければいけないが、多分、奮闘を要する程度は民進党の方の方が遥かに大きい。