終戦の日は、本当はいつなのだろうか | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

8月15日の終戦記念日は私にとっては終戦祈念の日、ということは、かつて書いた記憶がある。
8月15日が終戦の詔勅が国民に告げられた日だということは十分承知しているのだが、8月15日が字義どおり終戦の日であるか、ということについては若干の留保を付けている。

私の友人で靖国への参拝は、9月2日にすることにした、という方がおられる。
8月15日以降も戦闘が続いていた、という事実を知っておられる方である。
歴史に詳しいから、8月15日を終戦記念日として参拝することには抵抗があるということだ。

その気持ちは分からないでもない。

特に真岡郵便局事件や北方領土問題の歴史などを学ぶと、そうなってしまう。
8月15日以降も実は一部では戦闘が続いていたのだから、8月15日にがらっと日本は戦争のない平和の国に生まれ変わったわけではない、という本当のことを訴えられたいのだと思う。

まだ、戦争は終わっていない、などと主張される方もおられるぐらいだから、終戦の日を決めるのは結構難しい。

私が8月15日を、終戦記念日ではなく終戦祈念の日と呼びたくなる理由の一つにはこういう事情がある。
本当の終戦がいつか、ということを問わないで、ひたすら戦争の終結を祈り、再び戦争が起きないような国を作る誓いを新たにする日、これが私の言う終戦祈念の日である。

そう言う意味では、8月15日がやはり一番相応しい。

終戦の日が日本がポツダム宣言を受諾した日ということになると、国際社会との関係では日本がポツダム宣言を受諾した8月14日が日本の終戦の日になるはずである。
しかし、ポツダム宣言の受諾の意思表示だけで終戦になるか、言えば多少疑義があり、本当に終戦というためには、何らかの手続きなり儀式が必要だ、というのが通常の理解だろうと思う。

そういう意味では、ミズリー号上で日本の全権大使が降伏文書に調印した9月2日が終戦の日にふさわしいようにも見えてくるのだが、しかし、これはこれで結構難しい問題を引き起こすことになる。

詳細は割愛するが、やはり、連合国に対してポツダム宣言受諾の意思表示をしたうえで、天皇が国家の元首として正式に終戦の詔勅を発布された8月15日こそが日本の終戦の日だ、とするのが正しいだろうと思っている。

靖国に参拝されるか否かに関わらず、やはり8月15日は日本にとって大切な日になる。

私が生まれたのは、翌月の9月である。
ただし、私の本当の誕生日は8月だったのではないかしら、と思っている。

本当のことは、知らない。