今日が、本当の体育の日である。
昭和39年10月10日に東京オリンピックの開会式が行われた。
その10月10日を国民の祝日にして祝うことにしたのだ。
先の大戦の惨禍からようやくわが国が這い上がり、日本の国内で世界最大の国際的なスポーツの祭典を開催できるようになった記念の日である。
オリンピックは、若人の祭典でもあった。
今日の体育の日を皆さんはどのように過ごされるのだろうか。
いつものようにただの休日、普通の日曜日と同じお休みの日とだけ認識されているのだったらちょっと寂しい。
10月10日は、若人が未来に向かって跳ぶ日である。
皆さんには、是非跳んでいただきたい。
今の閉塞状況を打ち破るために、思い切って跳んでいただきたい。
跳んでしまえば、新たなステージが拡がる。
野田総理にも、民主党にも、自民党にも跳んでもらいたい。
小沢氏にも跳んでもらいたい。
皆、ぬるま湯につかってのんべんだらりとしているように思われてならない。
どんなことがあっても、茹でガエルのようにはならないことだ。
8年前の今日、私は跳んだ。
8年前の平成15年10月10日は、小泉総理が衆議院を解散した日である。
何故小泉総理が10月10日を選んだのかは知らないが、平成15年10月10日小泉総理は衆議院を解散した。
瀕死の自民党の救世主として登場した小泉総理は、この選挙で勝利することにより自分の政権基盤を固め、郵政民営化や道路公団改革などの聖域なき改革に大きく一歩歩を進めることになった。
元々トンデいる小泉総理だったが、小泉総理は満を持するようにして衆議院を解散して跳んだ。
私は、当時東京弁護士会の副会長を務めていたが、当時の町村総務局長の出馬要請を受けて弁護士会に辞表を出して立候補に踏み切った。
普通の感覚からするととんでもない暴挙なのだが、それでも私はこれが自分に与えられた定めだと思って立候補を決めた。
跳んだのである。
トンデモナイ、と非難轟轟の嵐の中で私は跳んだ。
あの時跳ばなかったら、今日の私はない。
その一瞬に迷いがあったら絶対に跳ばなかった。
損得を超えるものがそこにはある。
一切の打算や計算を超えるものがある。
已むに已まれぬ思いに突き動かされて動く時があるということである。
若い方々には、是非跳んでいただきたいと願っている。
清水の舞台から飛び降りるつもりで跳ぶことがどうしても必要な時が来る。
今日の体育の日は、若い方々がいつ跳ぶか、どうやって跳ぶか、どこまで跳ぶか、何のために跳ぶかを考える日にしていただきたい。
トンデモナイ、などとは言わないで欲しい。
貴方は既に私の仲間である。
私は、既に跳んでしまった。