どんな姿勢からも起ち上がり、どんな体勢からでも動き始めることが出来る | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

つい先日凄まじい新聞広告を目にした。

宝島社がめぼしい新聞に一斉に全面広告を出したのだ。
日本がまたアメリカの属国になった、アメリカが日本の開国と再民主化に乗り出してきた、という暗喩かと思ったが、さすがにこの広告には度肝を抜かれた。
かつてわが国の国民はマッカーサーを神様、仏様のように見做し、あるいは解放軍の司令官のように受け止めていた時期があったようだが、戦後66年を経てまたあの時代に戻ったのか、と錯覚させるような、マッカーサーが厚木基地にコーンパイプを銜えて降り立ったときのあの雄姿が主要各紙の紙面いっぱいに広がっていた。

これは何だ、というのが私の第一印象である。
これは嫌だな、というのが私の感想である。
私たちは何度でもやり直せる、というのはそのとおりだが、わが国の建て直しは私たちの手でやる、今更外国の手を借りることはない、というのが私の率直な思いである。

民主党内閣になって散々な事態が続いていたが、それでも私たちは何とかこの国を私たちの力で建て直すことが出来ると信じている。

起き上がりこぼし、のようなものだ。
私たちはどんな状態からも起ち上がることが出来るのだから、他所の国の人から見ると不死鳥のように感じるだろう。
もっとも、元の姿勢を取り戻しただけでは進歩はない。
元の姿勢に戻ったうえで、さらに一歩前に歩を進める必要がある。

野田内閣に問題は多々あるが、菅内閣よりいいところがあれば、当面は一歩前進だと受け止めればいい。
マイナスが少なければ、プラスだと考えよう。

どんな状態にあってもいい方向に持っていくことは出来る、というのが常にプラス志向の私の確信である。

(なお、昨日と今日の二日間奥多摩で開催されている法友会の政策合宿に参加して、弁護士会の主要メンバーが平岡秀夫新法務大臣に好意的であることを知った。
そういう弁護士会の幹部の期待を籠めて、色々問題はあるものの平岡氏新法務大臣には正しく頑張っていただきたい、というのが衆議院法務委員会で平岡氏と同じく理事を務めてきた私の願いであることを念のため付記しておく。)