首相公選 | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

おはようございます。


今回の衆議院解散劇を通じて、一つだけはっきりしたことがあります。

国民は首相公選を願っているのではないか、ということです。

イスラエルで首相公選制が失敗に終わったということから、私は首相公選制の主張を封印してきましたが、小選挙区選挙制度の下では首相公選が相応しい、と考え直しております。


2年前の参議院選挙が日本の転機でしたね。


当時の安倍総理は、たしかに首相公選を意識していたようです。

郵政解散選挙で衆議院で与党が3分の2を超える圧倒的な議席を獲得した、ということが、安倍総理の気持ちを高ぶらせていたのだと思います。

結果は裏目に出ましたが、その後の推移を振り返ると、なるほど、と思うようなことばかりです。


政権のたらい回しは、許さない。

国民の審判を受けないまま、総理大臣の顔を国会議員が自分たちだけの都合で変えることは認められない。

そういうことです。


今回、麻生総理があえて解散を選んだのは、「もうこれ以上国民の審判を経ないで総理の顔を変えるようなことはしてはならない。政治は国民のもの。国民の審判を経た者が国政の舵取りを担うべきだ。」、そういう思いからだったのではないかと思います。

衆議院議員の任期は4年間であり、内閣不信任決議が可決されない限り、選挙に有利だとか不利だということで恣意的に衆議院を解散する時期を選ぶようなことはすべきでない、この解散には大義がない、そう私は訴えてきました。

しかし、民意は、自分たちに総理を選ぶ権利を早く行使させてくれ、だったのです。


自分たちの手で総理を選びたい、という国民の思いをこれ以上無視することは出来ません。

私たちは、首相公選制に備えなければならない。


これが、現在の制度の下で私が到達した結論です。

今回の選挙は、残念ながら首相公選を意識したものにはなっておりません。

少なくとも、次の総理候補は、自分の言葉で自分の政策を明確に語る必要があります。

マニフェストがまだ明らかにされていないということは、まだ首相公選に備える用意がないという証拠です。


更に大事なことがあります。

総理候補となる政治家は、総理に選ばれたら総理として任期を全うできるだけの党内基盤を確保している必要がある、ということです。

自民党で言えば、総裁任期と国会議員としての任期がまったく無関係に定められている。

民主党も似たようなものでしょう。

例え総理大臣であっても、自分の所属する政党の代表の座を降りなければならないことになったら、総理大臣の職も辞めなければならなくなる。


党内の都合で総理大臣の顔を変えることが出来る、という現在の仕組みを改める必要があります。


もっともっと重要なことがあります。

本当に総理大臣に相応しい総理候補を選出する、国民に開かれたルールがまだどこにも出来ていない、ということです。


私は、違法行為に手を染めているのではないか、と国民から懐疑の目で見られているような人は、総理候補にすべきでないと思っております。

より良い総理候補を作るルールがどこにも整備されていないのに、首相公選を求める国民の声に応えていかなければならない。


これが、私たちが現在直面している状況です。

首相公選について皆さんのご意見をお伺いしたいと思います。