【ニューヨーク★ニューヨーク】


ツアーマネージャーだったスティーブは、いつも自信たっぷりに答えていた。
自己紹介で握手をしながら
「From ニューヨーク」っと。
言った瞬間、いつも目がキラッと光った。
確かについ数年前までニューヨークに住んでいたが、その頃はニューヨークから
5,6時間離れた海沿いの田舎町に住んでいた。
それでも地方に行くとニューヨークと言いたくなるのだろう。
「おいおい、もうニューヨークじゃねえじゃねえか」
と思いながらも、気持ちはわかるような気がした。
確かに、ニューヨークという語感は、地方の人間にとって「おっ」と思わせる

何かがある。
スティーブの挨拶を横で見ていて、相手の顔に、羨望の表情が一瞬、

いつも浮かんだ。
その同じ気持ちはオレにもある。
ツアー中に、明日がニューヨークという時、オレの胸は華やぐ。
「やったー!明日はニューヨークだゼ!」
思えばこんな気持ちを感じる街は他にあるだろうか?
パリ、ロンドン、マドリッド、ベルリン、東京、LA、ソウル、
ちょっと違う。
どんどん向かう車の中で、やはり他の街とは何か違う、

哀愁を帯びたワクワクというか、胸にキュンとくるような感情がせまるのは

オレだけだろうか。
ニューヨークは、夜のアメリカの地図の上に、
小さなライトで飾られたクリスマスツリーを、ちょこんと置いた街。
そこだけ、小さくそびえ、黒く静かに、しかも鋭くキラっと瞬いている。
到着してみると、渋滞の中クラクションが鳴り響く、いつものニューヨークが

現れるが、たとえ現実を何度見ても、そのイメージは決して変わらない。


メンフィスのクリスという女の子がニューヨークにいたのは今から10年くらい前だ。
クリスはメンフィスの地でいつもはじけていた。
じゃじゃ馬という言葉があてはまるだろうか、いつも元気に笑い、そして激しく怒り、
少しおちょこちょいで、情に厚かった。
オレ達がメンフィスに行くと「ギターウルフが来た、ギターウルフが来た」っと
何度も連呼して、まるでお祭りのように騒いでくれた。
アメリカの女の子が、日本人のオレ達にこれほど騒いでくれることに、

はじめは当惑した。
でも本当に彼女は、オレ達が来ることをこころの底から喜んでくれていたのだ。
その彼女が、ニューヨークに突然引っ越したのはどうしたのだろう。
オレ達は特に聞かなかった。
それより、ニューヨークという別の地でクリスに会えることを喜んだ。
その頃のギターウルフのUSツアーは、冬が多かった。
ニューヨークの気温は南部に比べグッと下がる。
その寒さの中、黒い大きめのコートに身をつつみ、彼女は必ず来てくれた。
しかし、メンフィスの時と違い、いつもたったひとりでひっそり現れた。
オレ達を見た瞬間、大きな目を細め、ホントに嬉しそうに手を広げ、
オレ達の元に駆け寄るクリス。
「イエークリス!」
オレ達は特別な友達を向かい入れ、摩天楼での再会を喜んだ。
クリスの声はもともとハスキーだが、ニューヨークで聞く彼女の声は、
よりいっそうハスキーに聞こえた。
ニューヨークの街角と街角を渡り歩くオレ達。
まずい英語しかしゃべらない3人の日本人の男達につきあっても、
それほど会話がはずむ訳でもないのに、クリスはいつもオレ達に寄り添った。
そして、何年後かのニューヨークの時、クリスの姿はなく、彼女は南部に戻った。


2011年のツアーの時、メンフィスでクリスに聞いてみた。
「クリス、あの頃のニューヨークの君を思うと、オレはなんだか泣けてくるんだ」
「やっぱりそんな感じあったかしら」
「あの頃、君は、あの街で何をしてたんだ?」
「役者としての最後の挑戦をしていたんだけど...」
後はクリスの笑い顔でこの話しは終わった気がする。
そう言えば最初に出会った頃から彼女の夢は女優にあった。
いろんなオーディションの話しをよくしてくれていた。
ニューヨークは30才を過ぎた彼女が、最後の夢を託した場所であったのだ。


クリスは今、ニューオリンズに住んでいる。
ヨガのインストラクターをやって、年下の彼氏をつくり、相変わらず張り切って

生きている。
やはり彼女には南部が断然合っているのだ。
去年「何!このやろう、行くわよ」みたいな感じが戻っている彼女を見て嬉しかった。


ニューヨーク ニューヨーク