【お雑煮】


子供の頃、山口県三見にある父方の実家で、元旦の朝を迎えた事がある。
元旦はだいたい母方の実家だったので、父方はめずらしかった。
父方の実家には父の兄の娘が5人いた。
オレが布団からはい出して来ると、すでにみんな起きていた。
「あけましておめでとう」
ほとんど女ばかりの挨拶が、部屋のあっちこっちから起こった。
オレはそれにムニャムニャ返して、広い土の土間からあがったところにある
掘りごたつに肩まで入った。
すると当時、高校生の末っ子の和子姉ちゃんがオレに聞いてきた。
「セイジ君、餅何個入れる」お雑煮で食べる餅の数だ。
「6個」オレは答えた。
和子ねえちゃんは、ヒエーという顔を少しした。
「あんた、6個もいっぺんに食べたらお腹壊すよ」
オレはちょっとびっくりした。ホントはもっと食べられる。
途中で追加してもらって、全部で10個ぐらいは食べようと思っていたからだ。
お雑煮の餅って、みんないったい何個ぐらい入れるんだ?
その時、生まれて初めて、他の人はお雑煮の餅を何個ぐらい食べるのか興味を
もった。
なんか、オレの常識とちょっと違う気がしてきたゾ。


大家族の鍋はでかい。
湯気がお風呂のように上がっていた。
そこにとりあえず、オレの餅が2つか3つ入れられた。
ムム、6個という注文はとりあえず様子見ということなのか。
ツッカケを脱いで、土間から上がってきた和子姉ちゃんからお椀を受け取った。
「こんなんじゃ全然足りないんだけどな」そう思ったが口には出さなかった。
しかし、箸をピタっと添えられたお椀を両手で持ちながら、鼻にシワを寄せ、
口を少しひん曲げて下から見つめた表情が語っていたのだろう。
「足りなかったらまた入れてあげる」そう言って和子姉ちゃんはツッカケを
履いて、再び土間に立った。


「ヘー!ホントによく食べるね、あんた」
最後に餅を追加した時に和子姉ちゃんがびっくりした顔で言った。
普通の事でこんなにびっくりされて、ちょっと困惑した。
子供の頃、正月は餅ばかり食べていた。
まわりが餅だらけだった気がする。
正月はいつも、仏壇の前にビニールがしかれ、そこに白い粉がついた丸餅が
たくさん並べられていた。
数日すると青カビがつくので、その前に急いで食べてしまおうという魂胆だった
のだろう。
それでも青カビがつくが、そこを削ってまた食べた。


うちの田舎の雑煮はいたってシンプルだ。
でっかい鍋に昆布でだしをとり、カブをつっこみ、それが柔らかくなると、
好きな分だけ丸餅をぽちゃんといれる。
そして食べる前には、お椀の上に、乾燥岩のりを片手でガサガサのっける。
そして岩のりを汁にひたひたして柔らかくなったら、お餅と一緒に食べる。
以上が実家の雑煮であるが、雑煮は地方でずいぶん違う。
関東で、澄んだ汁に椎茸、鶏肉、さやエンドウに四角い餅が入った雑煮を

初めて食った時は、正直驚いた。雑煮を食った気がしなかった。
田舎の大雑把な作りとは違って、なんだか姿勢を正して、丁寧に食べなければ
ならないようで、固苦しい感じがした。
そしてなんで焼いたお餅を入れるのか、いまだにナゾだ。
火をかけた鍋に入れてれば自然に柔らかくなるじゃないか、焦げたところが
固いんだよ。
四角い餅ってのもなぞだ。ストーブで焼いて砂糖じょう油で食べるのには
いいけど、雑煮の場合、汁になじまないから、のどにつっかえる感じがするゼ。


おっとっと、そろそろみんなからの逆襲が来そうだゼ。
ともあれ、なれない雑煮にいろいろ文句を言ってはみたが、人それぞれ、
地方地方の雑煮がある事はすばらしい。
地方の方言がだんだん薄くなってきているなか、雑煮にはまだまだはっきり
違いがあるようでうれしいことだ。


ところで、あの三見の元旦にふと疑問に思った、雑煮で食べる餅の数だが、
あれから周りを眺めてみると、10個はちょっと多かったかな?
しかし、たくさん食べる事はいいこっちゃ!もりもりandガツガツだゼ!